半年が過ぎて

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半年が過ぎて

「冗談よ」  そう言いながら可笑しくて笑ってしまった。  ここで二人でサンドイッチ食べてるのだって充分過ぎるくらい不自然なのに。二人でフルコースなんてありえない。その図が想像出来ない。 「そういうのは恋人と行ってください」 「そんな人、居ませんよ」 「恋人は居なくてもフィアンセなら居るとかね」 「それも居ません」 「そうなの。セレブなお宅には家柄を重んじた親の決めた許婚が居るのかと思った」 「家の父は藤村さんのこと気に入ってましたけど」 「ごちそうさま」  これ以上、御曹司の冗談に付き合っていられません。私は暇じゃないんですからね。  しかも……。年上女をからかって遊ぶんじゃない。たった一歳だけだけど……。      *  それから、いつの間にか半年の月日が過ぎていた。  社長が名前を気に入ったのか伊織君と呼ぶから、西崎さんを始め他の社員も伊織君と呼んでいた。会社では先輩でも年齢が下の二十代の子たちは伊織さん。事務の女の子たちは伊織さ~んと呼ぶ。まるでアイドル。  私は八代君と呼び、田中君は八代さん……。と呼んでいたのも、いつの間にか多数派に感化され伊織君、伊織さんと呼ぶようになっていた。  仕事に対する姿勢も驚くほど真面目で、普段の物腰は柔らか。自分より年下の先輩に対しても教えを請う彼の真摯な態度。セレブの御曹司だという事実をみんな忘れそうになっていた。  私は悩みに悩んだヘアサロンのデザインもオーナーから 「やっぱり藤村さんにお願いして良かった」  と言って貰えて、また一つ仕事を完成させた感慨に浸っていた。  そんなある日……。  マンションに帰るとダイレクトメールに混じって華やかな封筒が。大学時代の親友 美耶子から披露宴の招待状が届いていた。  ほとんどと言っても良いくらい仲良しグループのメンバーは結婚し、三十路まで残っていたのは彼女と私。ついに私一人だけになってしまうのか……。  半年くらい前までは、二ヶ月に一度は一緒に食事していた。  その頃は結婚なんて自由は無くなるし、子供でも産もうものなら体型は崩れるし、絶対嫌だと言っていた筈だけど……。  中を開けると招待状の隅に美耶子の文字で『理想の彼と出会ってしまいました。冷やかしに来てください。』そう書いてあった。  十月か……。お望み通り冷やかしに行ってあげるわよ。
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