同じ男

「妹が殺された」

　ナガセ探偵事務所の扉を蹴り飛ばさんばかりの勢いで入ってきた男は、挨拶よりも先にそう言った。

　興奮と怒りで満ちた顔は真っ赤で、歯がギシギシと音を立てている。今どきノワール映画でも過剰すぎる演出だ。

　私は優雅に紅茶をひとくち飲み直し、ソファに座るよう促した。

「まぁまぁまぁ、落ち着いてください」

　そう言ったところで男は落ち着かない。事務員が出したぬるい紅茶を盛大にこぼして、机の上から自分の服までびっしょり濡らしていた。余裕もないのか、男は声すら出さなかった。
　濡れた服が見ていられず、事務員にタオルを持ってくるよう伝える。

「殺された。殺されたんだ」

　男は自分をツチハシと名乗った。
　仕事から帰ると、玄関先で妹のナゴミが死んでいたらしい。首に絞められたような痣を残して、電気もついていない暗闇のなか倒れていたと言う。
　ツチハシは驚いて、ナゴミに何度も声をかけた。救急車を呼んだが、手遅れなのは一目瞭然だったようだ。

「警察は、警察は役立たずだ。ナゴミは殺されてないと抜かす。首を絞められたんだぞ」

　事務員は持ってきたタオルで、ツチハシの濡れた服を拭き始めた。しゃがみ込む必要があるせいで、長い髪が床についている。

「なぁ、あんた探偵なんだろ？　あいつを殺した犯人を、探してくれ」
「探してどうするんです？　警察にでも突き出しますか？」
「いや」

　ツチハシはもったいぶって首を振ると、かさかさになった唇を舐めてから言った。

「ぶっ殺してやる。復讐だ」