伸明 48

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 久しぶり…  実に、久しぶりだった…  このFK興産に、戻ってきたのは、実に、久しぶりだった…  が、  私は、これから、向かうのは、社長室ではない…  社長のナオキの近くで、社長秘書をするわけでは、ないからだ…  だから、一目散に、会議室に向かった…  臨時の取締役会が、行われる会議室に向かった…  しかしながら、その途中で、FK興産の社員に、何人か、お目にかかった…  ただ、会社の廊下を歩いているだけだったが、当然、FK興産の社内だ…  FK興産の社員が歩いている…  その中には、これも、当たり前だが、私を見知った社員がいて、驚いて、私を見ていた…  あるいは、振り返って、私を見ていた…  そして、誰もが、唖然とした表情になった…  少しおおげさにいえば、本来、ここでは、会えない人間…  もはや、いなくなったと、思った人間を、目の当たりにしたのだから、当然と言えば、当然なのかも、しれない…  それに、なにより、自分で、言うのも、なんだが、私は、FK興産内で、目立っていた…  なにより、社長秘書だ…  社長のナオキの近くに、いつも、いる…  いつも、寄り添っている…  これでは、目立たないわけはない(苦笑)…  また、自分で、言うのも、恥ずかしいが、私は、他人様より、ルックスが、いいので、余計なのかも、しれない…  余計、目立つのかも、しれない…  そう、思った…  そう、考えた…  同時に、そんなことを、言えるのは、あと何年だろうとも、思った…  以前にも、言ったが、アメリカの大物司会者が、  「…女は、40歳を過ぎたら、価値がない…」  と、テレビで発言して、クビになったそうだ…  これは、事実、正しい…  女の私でも、正しいと、思う…  いや、  私に限らず、女は、皆、内心、密かに、思っている…  要するに、ここで、言う価値とは、ハッキリ言えば、性的対象というか…  …あんな女と結婚したいとか…  …あんな女と、一晩でいいから、共にしたい…  とか、言う下心…  友人とか、仕事仲間を求めているわけではないということだ(笑)…  だから、それを、思えば、私も、あと何年…  あと何年、美人と呼ばれるか?  いや、  美人と周囲から、呼んでもらえるか?  考える…  考えさせられる…  自分は、心の中では、美人のままだが、周囲の反応が、違ってくる…  要するに、下心…  それを、私を見て、感じるか、どうか?  その違いだ…  だから、自分では、いつまでも、美人のつもりでも、周囲では、すでに、対象外扱い(笑)…  自分では、まだまだ、イケると、思っている…  そんなイタいオバサンには、なりたくない…  しかしながら、そうはいっても、すでに、32歳…  ゴールは、近い(苦笑)…  賞味期限切れの日は近い…  なにより、困るのは、私が、かわいい感じの美人ではないこと…  私は、芸能人で、言えば、元フジテレビで、今は、フリーアナウンサーの近藤サトさんのようなタイプの美人だからだ…  だから、自分で、言うのも、なんだが、かわいくはない…  目鼻立ちの整った正統派の美人(笑)…  そして、目鼻立ちの整った正統派の美人の欠点は、歳よりも、老けて、見えること…  近藤サトさんもまた、フジテレビに入社した頃…  「…もしかして、中途入社?…」  と、周囲から、からかわれたそうだ…  つまり、実年齢より、数歳、上に見られる…  それが、正統派の美人の欠点…  あるいは、弱点とも、言える…  数少ない例外は、歌手の河合奈保子さんぐらいだろう…  彼女は、目鼻立ちの整った正統派の美人にも、かかわらず、可愛らしく愛嬌があった…  しかしながら、これは、例外中の例外…  めったにお目にかかれるものではない…  だから、実は、自分で言うのも、なんだが、かわいい感じの美人に憧れる…  愛嬌のある美人に憧れる…  なぜなら、愛嬌のある美人の方が、賞味期限が、長いからだ…  少なくとも、私の感覚では、5年は、長い(苦笑)…  そう、実感する…  そして、それは、そんな実例を見たことがあるからだ…  ずっと、以前、当時、よく利用していたコンビニに、女優の常盤貴子さんを小柄にしたタイプの美人の女のコを、よく見た…  私と同じく、近所に住んでいたのだろう…  ときどき、会った…  当時、彼女の歳は、二十歳ぐらい…  ビックリするほど、キレイで、可愛かった…  女の私でも、思わず、二度見、三度見、するぐらいキレイで、可愛かった…  そして、一度だけだが、その常盤貴子さんに、似た女性が、そっくりのルックスの年上の女性といっしょにいたのを、見たことがある…  私は、最初、その女性をお姉さんと思った…  少し歳の離れたお姉さんと、思った…  が、  よく見ると、歳を取っている…  おそらく、四十歳には、なっている…  だから、母親…  そのキレイで、可愛い女性の母親だった…  しかしながら、よく見なければ、わからない…  なにしろ、母娘が、そっくりだからだ…  外見が、瓜二つだからだ…  そして、若い…  一見すると、実に、若い…  実に、若く、見える…  だから、彼女たちを見ると、つくづく、可愛らしさがあるといいなと、思ったものだ…  四十歳を過ぎても、イケてる…  正直、四十歳を過ぎても、賞味期限を切れていない(笑)…  それほど、若くて、キレイだった…  それほど、若くて、可愛らしかった…  だから、憧れる…  自分には、できないことだからだ…  だから、憧れるのだ…  私は、FK興産の会議室に向かいながら、そんなことを、考えた…  そんなことを、考え続けた…  つくづく、取締役が、似合わない…  非常勤とはいえ、取締役になって、初めて、臨時の取締役会議に出席するにも、かかわらず、そんなことを、考えるとは…  つくづく取締役の適性がない…  そんな女だと、思った…  そして、そんなことを、考えながら、送られてきた臨時の取締役会議の開催が、行われる会議室のドアを、開けた…  勝手知ったる、なんとやら…  この会議室は、これまで、何度も利用している…  嫌というほど、利用している…  私は、  「…失礼します…」  と、言って、会議室のドアを開けた…  そして、会議室の中を見た…  誰が、いるのか、見た…  最初に目に入ったのは、ナオキ…  藤原ナオキだった…  FK興産社長の藤原ナオキだった…  そして、次に目に入ったのは、伸明…  五井家当主の伸明だった…  これは、ある意味、驚きだった…  なぜなら、五井家の当主である諏訪野伸明が、五井グループが、FK興産を支援するとは、いえ、わざわざ、取締役会に出席するとは、思わなかったからだ…  なにしろ、FK興産は、従業員千人を擁するとはいえ、五井グループから、比べれば、吹けば、飛ぶようなチンケな会社…  そんなチンケな会社に、五井家の当主たる、伸明が、わざわざ、やって来るとは、思いもしなかった…  考えもしなかった…  当たり前のことだ…  規模で、言えば、五井の孫会社か、それ以下のチンケな会社…  そんなチンケな会社に、五井家の当主が、自ら、やって来るはずが、ない…  トヨタで、言えば、はるか、格下の孫会社か、その下の系列の会社に、社長や、会長が、出席するようなものだからだ…  だから、驚いた…  だから、ビックリした…  そして、さらに、驚いたのは、伸明の隣に、和子がいたことだ…  五井の女帝がいたことだ…  一体、なぜ、この場に、五井の女帝が、いるのか?  考えた…  まさか、父兄の授業参観ではないのだから、伸明の様子を見に来たわけでは、あるまい…  伸明は、頼りない…  だから、この取締役会に出席した…  そう、思った…  そう、考えた…  が、  それは、最初だけ…  最初だけだ…  四十を過ぎた大の大人の男の動静を見張るために、この会議に出席するとは、考えにくい…  当然、なにか、目的があるはずだ…  そして、さらに、驚いたのは、その隣に、マミさんがいたことだ…  伸明の妹であるが、血縁関係のない、妹のマミさんがいたことだ…  これは、一体、どういうことだ?  なぜ、マミさんまで、ここにいるのか?  考えた…  そして、率直に、それを、聞いた…  「…あの…なぜ、五井家の方たちが、ここにいらっしゃるんですか?…」  と、聞いた…  誰にともなく、聞いた…  独り言を呟くように、聞いた…  すると、ナオキが、  「…これから、臨時の取締役会を、するけれど、当社の規定では、必ずしも、取締役会に、取締役以外の人間が、出席しては、いけないと、いう規定は、ないよ…寿さん…」  と、あらたまった口調で、言う…  なにより、ナオキが、  「…寿さん…」  と、呼ぶのは、久しぶりだった…  ナオキが、私を呼ぶのは、いつも、  「…綾乃さん…」  だったからだ…  そして、それを、思ったとき、あらためて、この取締役会は、公的な場だと、思った…  私的な集いではない…  公式な場だと、あらためて、思った…  なにより、私自身、会社で、ナオキから、  「…綾乃さん…」  と、呼ばれると、  「…ここは、会社です…社長…寿と、呼んで下さい…」  と、いつも、言っていた…  ナオキは、私と二人きりになると、つい、気を許して、  「…綾乃さん…」  と、呼ぶ…  それを、私が、  「…社長…ここは、会社です…寿と呼んで下さい…」  と、言うのが、定番というか…  いつも、コントのようなやりとりを繰り返していた…  だから、正直、たとえ、会社でも、ナオキから、  「…寿さん…」  と、呼ばれるのは、違和感があった…  いや、  違和感があり過ぎた(苦笑)…  そして、同時に、ちょっぴり、寂しかった…  ナオキから、  「…寿さん…」  と、呼ばれるのは、寂しかった…  どうしても、そう呼ばれると、他人行儀に聞こえる…  この場で、  「…綾乃さん…」  と、呼ぶことは、できないと、わかっていても、寂しかった…  正直、矛盾するが、寂しかった…  そして、そんなことを、考えながら、あらためて、この会議室にいる、人間を、見た…  どんな人間が、この会議に出席しているか?  知るためだ…  五井家の面々が、3人…  そして、社長のナオキ…  私…  他に、4人…  そのうちの二人は、これまで、通り、FK興産の古参社員…  他の二人は、面識がない…  おそらく、銀行関連の取締役だろう…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、私が、そう思っていると、  「…寿さん…席について下さい…」  と、ナオキに言われた…  どこか、緊張した表情で、言われた…  私は、その言葉で、あらためて、ここは、取締役会だと、認識した…  顔なじみの面々が、多いので、驚くと同時に、どこか、緊張感がなくなった…  しかしながら、ナオキのその表情から、緊張感が、蘇ったというか…  当たり前だが、ここは、取締役会だと、認識した…  と、同時に、なぜか、マミさんが、席から、立ち上がり、会議室の全面の脇の方に、移動した…  そして、いきなり、マイクを握り、  「…これから、FK興産の臨時取締役会を開催します…」  と、宣言した…  そして、すぐに、  「…今日の議題ですが、まずは、最初に、取締役社長、藤原ナオキ氏の解任を決議します…」  と、宣言した…                <続く>
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