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受付でそいつが名乗った瞬間に会場が一瞬静まる。入り口近くにいた声のでかいやつが「なんでいるんだよ」と叫んだ瞬間に会場中がパニックになった。
みんなが恐怖していた。だってあいつが来るはずが、来られるはずがない。あいつは、ここにいてはいけない。みんなが知っている。だってこの同窓会はクラスのだから、全員があの日何があったのか知っている。
修学旅行の帰りのバスだった。みんな疲れてはいたんだろうけど修学旅行が少しでも長く続いてほしくて、それを長く味わいたくて、ほとんどみんな起きていた。大騒ぎをするほどの元気はなかったけれど空騒ぎって感じでみんな楽しんでいた。バスは人数の関係でどうしても数人補助席に座ることになった。あいつは補助席に座ったうちの一人で、補助席の中でも一番前に座っていた。補助席そのものは多少押し付け合ったけど、修学旅行の帰りでみんなで騒げる程度の仲の良さだったクラスだから大揉めということもなく気のいい男子とか五人横並びで座りたい女子とかが補助席に座っていた。だからあいつが補助席の一番前に座ったのは偶然だった。誰も悪くない偶然だった。
大事故だった。多分新聞にも結構大きく乗るような事故だったはずだ。原因は前の車の急減速だった。急減速なのはわかっているけれどその原因はわかっていない。前の車は大破して運転手は死亡という状態だったから原因がわかるようなものは残っていなかった。その車を避けることができずに俺たちののっていたバスはぶつかって、補助席の一番前だったあいつは車外に放り出された。シートベルトはしていたはずだし、補助席はそんな名前でもバスに備え付けであることに変わりはない以上固定がゆるいなんてことはないと思うけれど、あいつの身体は前方に綺麗に飛んでいった、多分補助席ごと。みんなが見ていた。ほかのみんなはシートベルトのおかげで、そんなことはなかった。ほかの補助席のやつらもちゃんと補助席の場所から大きく放り出されるようなことはなかった。あいつだけが車外に放り出されていった。
注目を集めるあいつが口を開く。
「みんな……ひさしぶり」
その顔は、みんなを懐かしむような……泣きそうな顔だった。きっとあいつだってわかってる。ここにいちゃいけないことをあいつだってわかってる。
だってあの事故で生き残ったのはあいつだけだったんだから。
あいつは車外に放り出されたけれど、大怪我で済んだ。大怪我なのに済んだなんて言い方は変かもしれないけれど、それでもあいつは生きていた。近くを通っていたトラックにぶつかって勢いが殺された状態で植木に突っ込んだといういくつかの偶然があって、あいつは骨折とかをしていたものの一年くらいでリハビリの病院からも退院できた。
けれどバス本体はそんな運のいい偶然はなかった。むしろ運は悪い方だっただろう。バスの中に取り残された俺たちは衝撃で意識が朦朧となっていた。その状態で燃料に引火してしまってバスもぶつかった車も炎上した。確かバスの添乗員さんも車外に放り出されたんだったはずだけれどその人は後続車に轢かれてしまって死亡したはずだ。それ以外のクラスのみんなと先生とバスの運転手さんは全員炎上によって死亡した。だから、あの大事故での唯一の生き残りがあいつだった。
今日は修学旅行のあと、俺たちが卒業したはずの年から十年という節目での同窓会だ。だからあいつがこんなところに来るのは早すぎる。確かにあの事故で後遺症が残ってそのせいで寿命が短くなったということもあり得るかもしれない。普段天国で暮らす俺たちはあいつの情報をそこまで詳しく手に入れられるわけじゃないから。それでも俺たちは、俺たちの生き残りに大往生してほしいと思っている。あんまり気に掛ける未練は、その気に掛ける先の人間の寿命を縮めることになるって言われたから、だから俺たちはそうならないように情報を手に入れすぎないように、それでも気になるからたまに話題に出したりして、それで穏やかに暮らしていたのに。
俺たちのパニックを見るあいつは、泣きそうで、ちょっとだけ嬉しそうだ。
「みんなに、会えると思ってなかった」震える声であいつが言う。「二度と、会えないと思ってた」
その声を聞いて俺たちの声が一旦止まる。あいつも唯一の生き残りとして抱え込むものが多かったんだろう。あんなにいいクラスだったからな、みんないなくなったことそのものが悲しいところに……もしかしたら俺たちの家族の抑えられなかった気持ちとかも浴びてしまったのかもしれない。あいつは悪くない、それでも唯一の生き残りという肩書は重かったんだろう。それがわかってしまった。それでも、俺たちはあいつに期待してしまう。だから、精一杯怒っているような顔をつくって言う。
「帰れ」「帰れ」「かえれ」「帰れ」「かえれ」「カエレ」「かえれ」「帰れ」「カエレ」
みんなの声はばらばらで、合わせる気なんてない。合わせてしまったら一人一人の気持ちが薄れてしまう気がしたから。気持ちが薄まってしまったら、いじめみたいになっちゃうから。俺たちの言いたいことはそうじゃない。俺たちはお前に生きてほしい、その気持ちは多分伝わったんだろう。あいつの表情は変わらないまま、頷く。
「俺死んだのかなって思ったけどここ来る前のこと思い返したら死ぬほどじゃねえ気がするし仮死状態ってやつな気がしてきたよ。でも帰り道わかんねえんだけど、行けるかな」
「大丈夫だよ」「俺たちも当然わかんねえから教えらんねえけどな」「大丈夫大丈夫」「帰れるって信じれば行けるって」
みんなが代わる代わるあいつの背中を叩いていく。仲の良かったやつはあいつが痛がるほど強く叩いている。けど基本的にはみんな軽く、励ますように、信じるように、送り出すように叩いていく。
「みんな、ありがとう……じゃあな」
そう言ってあいつが歩き出す。俺たちの方を振り向くことはない。きっとあいつもわかってるんだろう。俺たちは心の中でつぶやく。またな、百年くらい生きろよ。
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