ヒーロー撃沈

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ヒーロー撃沈

 僕が握るリードの先にはコテツがいる。くるりと巻いた尻尾。ぴんととがった耳。半開きの口からは舌が垂れ下がり、道行く人々に愛嬌を振りまいている。その姿はどこにでもいる柴犬……いや、どのコよりも可愛い柴犬だ。  でもコテツには秘密がある。それは、実は彼は地球の平和を守るヒーローである、ということだ。  きっかけは二年ほど前のことだった。僕とコテツは散歩の途中で不思議な光と遭遇した。それはこの地球に巨大な宇宙生物が飛来することを告げ、その脅威を撃退する特別な能力を授けてくれた。  地球を救うために戦うヒーロー。  そのとき僕はてっきり自分がそうなるのだと思いこんでいた。だがそれは大いなる勘違いだった。  不思議な光が告げたとおり、宇宙生物は確かに現れた。でもそれと相対したとき、ヒーローに変身したのはなんとコテツだった。  二本足で立ち、巨大化した僕の愛犬。変身した姿はいわゆる特撮ものに登場するヒーローと概ね似通っていた。ただもとの生き物の見た目がある程度反映されるらしく、宇宙生物と戦うヒーローの頭には耳の名残のようなとんがりが二つあり、お尻には尻尾も生えていた。  コテツの活躍で難なく敵を撃退したものの、その後も様々な宇宙生物が襲来した。その度コテツは変身し、激闘を繰り広げた。    それまで無邪気に歩いていたコテツが不意に立ち止まった。鼻をひくひくさせながら空を見上げる。  この仕草。また来るのか?  僕もコテツの視線の先を追った。  何もない青空に突如亀裂が走ったかと思うと、そこから巨大な何かが現れた。もうもうと砂煙を上げて地上に降り立ったそれは、いわゆるリトルグレイと呼ばれる宇宙人と酷似していた。ただし似ているのはその姿かたちだけで、サイズはとてもリトルと呼べそうにない。  これまで見てきた宇宙生物と言えば爬虫類だとか昆虫だとか、はたまた地球の生き物からは想像もできないような外見をしていたので、ただ凶暴性だけを感じていた。でも今回は人と同じような容姿と、いろんなメディアで見聞きしてきたリトルグレイのイメージもあいまって、どことなく知性を感じてしまうから不思議だ。  当初はこんな風に突然巨大な生き物が出現したら、人々は慌てふためき逃げ惑っていたものだが、今じゃそれを目にした誰もが平然と落ち着いている。  きっとヒーローが現れて、あいつを撃退してくれるに違いない。  みんなそう思っているのだ。  そう言う僕だってそうだ。期待を込めてコテツに視線を向ける。 彼 が小さくバウッと吠えたその直後、その身体は眩い光を放ちながら巨大化し始めた。二本足で立ち上がり、両手を腰に当てて胸を張る。  宇宙生物とヒーローが正面向いて対峙した。  しばらくそのままにらみ合っていた両者だが、先に敵のほうが行動を起こした。両手をすっと前に突き出し、掌をぴたりと合わせる直前で止める。するとその間に小さな光の玉が出現した。それを顔の前まで持ってくると、宇宙生物は口を窄めて息を吹きかけた。その際、ヒューヒューと口笛のような音が漏れ聞こえる。  光の玉が一回り大きくなったところで敵はそれを片手で握るようにして構えた。まさに今それを投げようかというスタイルだ。  これは初めてのパターンだ。これまでの敵は肉弾戦だったが、今回は飛び道具を使うのか。どれほどの威力があるのかも不明だけど、コテツがそれに抗する技を持っているのかどうか……。  ところが、宇宙生物はヒーローに向けてではなく、光の球体をあらぬ方向へ放り投げた。玉はころころと転がり……と思っているうちにコテツがそちらに向けて走り出した。飛びつくように玉を拾って戻ると、宇宙生物の前に跪いた。  恭しく差し出された玉を受け取った宇宙生物はヒーローの頭をなでると再び玉を放り投げる。コテツはそれを追いかけ、また拾って戻ってくる。その尻尾はブルンブルンと千切れんばかりに振り回されていた。  ボールと口笛。犬が一番好きなやつやん。  ヒーローが手懐けられた姿を目の当たりにして、人々は再びパニックに陥った。
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