11. 説明会

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11. 説明会

事務所見学から10日ほど経った昼過ぎ。最初の事務所見学以降、6人の親たちは早々に連絡を取り合い、説明会のために2度目の事務所訪問となった。 前回は来られなかった深尋の両親と、誠の母親も一緒だ。 6人の子供たちはというと、あれからも相変わらず午後からは一緒に遊んでいた。時々、僚や竣亮が学習塾の夏期講習でいないこともあったが、それでもほとんど毎日一緒に過ごしていた。 そしてそこには元木も姿を見せていた。最初はあんなに警戒されていた元木も、事務所見学後からは6人ともすっかり気を許していた。 たとえ10分だけでも子供たちと仲良くなるためにと、わざわざ足を運んでいたのだ。 そして今日、保護者への説明会開催となったのだ。 通されたのは5階の会議室。 前方にはホワイトボードがあり、その前には長テーブルが2台と椅子が5脚並べられていた。そして、ホワイトボードに向けて長テーブルが横に3つ2列に並べられていた。テーブルには保護者向けの資料が置いてあった。 会議室に通された各家族は、分けられたテーブルごとに座っていった。 「なんだか、すごいところに来たわね深尋」 「うん。この建物の中、全部すごかったよー」 「このおっとりした子がダンスなんてできるのかな....」 初めて事務所を訪れた深尋の両親は、ただただ不安しかない。 「誠っ、あんたついでにもらった名刺で、なんでこんなことになってるのよ」 「知らねー」 「もうっ恥ずかしいったらないわよ」 同じく初めてきた誠の母は、いまだに誠はついでだと思っている。 そうして、それぞれの家族は説明会が始まるのを待っていた。 ガチャっとドアが開き、元木、元木社長、ダン先生、透子先生、それと女性が1人入ってきた。そして元木は皆に向け一礼し、 「皆様、大変お待たせいたしました。本日はご足労頂き、誠にありがとうございます。わたくしはGEMSTONE統括本部長の元木と申します。 本日は、当事務所のレッスンカリキュラムについてご説明させていただき、今後についてのご相談をさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」 そう言って保護者への説明が始まった。 そのおおまかな内容としてはこうだ。 ・6人はスカウトでの入所となるため、月謝などは原則なし。 ・ダンスレッスン1時間、ボイストレーニング1時間を毎週日曜日に行う。 ・レッスン内容は、子供たちの成長に合わせ無理なく行う。 ・学業を優先とし、状況に応じて休みを入れる。 ・事務所主催のイベント等に参加することがある。 などとなっている。途中、ダン先生や透子先生から詳細なレッスン内容の説明などもあった。ここまで話し終わると、竣亮の母が質問があると手を挙げた。 「国分さん、どうぞ」 「あの、もし入所してレッスンを受けたとすると、将来必ず芸能界に入らなければならないのですか。こういう言い方は失礼かもしれませんが、親としては、子供にそんな不安定な世界に進んでほしくありません....」 竣亮の母は、先日の事務所見学から不安に思っていたことを聞いた。 すると元木が、 「そうですね....国分さんだけではなく、皆様不安に思っていることでしょう。もちろん、芸能事務所に入所するということは、芸能界デビューが最大の目標となります。しかし、入所した練習生が全員デビューできるわけではありません。たとえ長年に渡りレッスンを続けたとして、その結果お子様が芸能界以外の選択をされたとしても、私たちはそれでいいと思っています」 元木はそうはっきり言い切った。 「でも、月謝も取らずレッスンを続けてその結果だと、事務所さんにとってはマイナスなのではないでしょうか」 「おっしゃる通りです。もしそのような選択をしてしまった場合、私たちがお子様に歌やダンスの魅力や楽しさを伝えきれず、力不足であったと判断するだけです。まあ、そうならないようこちらも精一杯やっていく所存です」 ここまで話すと、その場はしーんと静まり返った。 するとここで元木社長が口を開く。 「僚くん、竣亮くん、誠くん、隼斗くん、明日香さん、深尋さん、君たちはどうしたい?」 6人は1人ずつ名前を呼ばれ、ハッと顔を上げ社長を見た。 「事務所に入所して、ダン先生や透子先生とレッスンしてみたくないかい?」 ん?と社長に聞かれたので、僚がぽそっと呟く。 「その....芸能界とかはよくわからないんですが、楽しそうだしやってみたいなとは思いました」 僚がそう言ったのをきっかけに、子供たちは次々に自分の気持ちを話し始める。 「俺は、みんながやるんなら一緒にやる。まあ、面白そうだったし」 「私も、みんなと一緒にレッスンしてダンスをしてみたい」 「はい!わたしもやりたーい!」 「俺もやるよ。明日香1人だと心配だしな」 「隼斗シスコ.....」 「うるさいっ」 そして、最後に竣亮が社長ではなく自分の母親に向かって言う。 「お母さん、僕もみんなと一緒にレッスンしたい。今までいろんな習い事をやってきたけど、どれも本当は楽しくなかった....。けど、この間見学したとき胸がドキドキして、夜も眠れなかった。みんなと一緒だったら頑張るから」 内向的な竣亮が、母親に対してこんな風に自分の気持ちをぶつけてきたことは、今まで1度もなかった。そのため母親も、初めて見る竣亮の姿に動揺してしまった。すると、一緒に来ていた竣亮の父親が代わりに聞いてきた。 「竣亮、自分でやりたいといったのだから、今までの習い事のように途中で投げ出すことは恥ずかしいことだぞ。わかっているのか」 「......はい。わかってます」 「レッスンを理由に成績が落ちることもダメだ。約束できるか」 「はい。勉強もレッスンも頑張ります」 竣亮は初めて自分の言葉で気持ちを伝え、両親と約束をした。 それを聞いて、社長が再度口を開く。 「子供たちはみな、やりたいと言っています。他の保護者の皆さんはどうですか?」 そう聞かれて、親たちは考え込んでしまう。それを見て社長は話を続ける。 「突然、芸能界などと言われ困惑するお気持ちはわかります。しかしそこは、お子様が進む選択肢が1つ増えた、と考えてはどうでしょう。わたくし共は皆様の大切なお子様をお預かりする上で、お子様たちの気持ちを尊重して共に歩んでいくことをお約束いたします」 社長が言い終わると再び静まり返った。 しばらく沈黙した後、僚の父親が話始める。 「私は子供がやりたいと言っているのだから、やらせてあげようと思います。元木社長、元木本部長、先生方、よろしくお願いいたします」 そう言って頭を下げた。 それからは、僚の父親の言葉をきっかけに、6人全員の保護者が子供たちの入所を認めると話がまとまった。 その意思を確認した元木が、 「皆さん、ご理解いただきありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」 そう言って、説明会は終了した。 入所希望の確認ができると、そのあとの仕事は早かった。 一緒に説明会に同席していた女性は、主に練習生を対象にしている部門の事務方らしく、契約書などの書類を準備していた。 こうして小学校5年生の夏休み、6人はGEMSTONEの練習生として入所した。 6人にとって忘れられない夏となった。
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