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14. 夏の恋の事件簿 後編
明日香と隼斗は僚の家に向かって歩いていた。その間、隼斗には駅での一部始終を話をしておいた。僚への承諾が必要だったかもしれないが、見知らぬ女の子に変な誤解をされ、明日香の浮気相手と思われた隼斗には説明をしないといけないと思った。
「ふーーーーん。なるほど、なるほど」
隼斗は今までの僚との付き合いで、僚がモテるのはわかっていたため、すぐに納得できた。
「まったく、なんで私がこんな目に合わないといけないの....」
明日香は心底めんどくさいと思っていた。今頃クーラーの効いた隼斗の部屋で漫画でも読んでいたのに、と。
「でもさ、あの子なんでお前のことがわかったんだろ?」
隼斗に言われ、明日香も疑問に思った。あの日僚は、明日香に後ろを見るなと言ってたし、明日香も顔を見せなかった。なんで明日香のことがわかったんだろう。考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。
そして僚の家が近づいてくると、背の高い男と、背の低い女の姿が見えてきた。それが誰だかわかった瞬間、隼斗が
「あっ.....」
と声を出してしまった。それに気づいた2人がこちらを見る。
僚とあの女の子だった。
その時明日香は、
(あの子にはこれが修羅場に見えるんだろうな)
などと呑気に思ってしまった。しかし、隼斗は気にすることなく声を掛ける。
「よう僚。遊びに来たんだけど、お邪魔だった?」
「隼斗、明日香....」
そう言って僚が2人に近づこうとすると、女の子が
「葉山くん!見てよ彼女、堂々と浮気しているんだよ!?なんでそんなに冷静なの!?」
と言って、僚の腕を掴んで離さない。
「松井さん、2人は恋人でもなんでもなく.......」
「それは葉山くんが騙されているんだよ!!だって、あの2人さっき抱き合っていたんだよ!!」
「「....................あ」」
藤堂姉弟は思った。ご近所で自分たちのことを知らない人はいないので、ついついああいうスキンシップをやりがちだったなと。それは僚もわかっていることだ。
(そうか......あの首絞めが、抱き合うに変換されることもあるのか)
明日香はなぜか冷静になっていた。
「だから、それは誤解で......」
僚はなかなか話を聞いてくれない松井という女の子に、一生懸命話そうとするが、全く聞く耳を持ってくれない。
「こんな浮気者の女よりも、私のほうが葉山くんのことを大切にするのに!!」
そう言うと、僚が突然大声で言った。
「いい加減にしろ!」
((あ、僚がキレた))
2人はすぐにそう思った。普段優しい人が怒ると恐いのは定番で、僚ももれなくその1人だった。
「あの2人は双子の姉弟で恋人じゃないし、抱き合ってたっていうのも、どうせくだらない言い合いをしてじゃれ合っていただけだ。それに明日香のことをどうやって調べたのか知らないけど、彼女のことを知りもしないくせに悪く言うな!あと、君と付き合う気は全く無いってずっと前から言ってるよね?金輪際、学校でも話しかけるな!家にも来るな!迷惑だ!!」
「................」
明日香と隼斗は僚の切れっぷりに恐れおののいた。一方松井は、何も言えず目に涙を浮かべていた。そして僚は最後の一撃を与えた。
「はっきり言って俺は、君のことが嫌いだ。もう二度とつきまとうな」
(うわ〜......きっつー。でもしょうがないか.....)
明日香と隼斗はその様子を見守ることしかできなかった。
そして松井は何も言わずに走って行ってしまった。
「隼斗、明日香、ほんとごめん」
僚が2人に頭を下げる。
「僚が悪いわけじゃないから、謝らないでいいよ」
「いや、まぁ、僚がはっきり言ってくれて助かったしな」
隼斗がポンと僚の肩に手を置く。
「だけど、こうなったのは半分俺にも責任があるんだ.....」
「どういうこと?」
明日香は気になって僚に聞く。
「あの駅でのこと覚えてる?」
「うん。覚えてるよ」
「その翌日、案の定松井さんに彼女なのかってしつこく聞かれて、松井さんと明日香は会うこともないだろうと思ったから”そうだ”って言ったんだ.......」
(あぁ、なんてことをしてくれたんだ‼)
明日香は口には出さないものの、心の中ではムンクの叫び状態だった。
「そしたら、どうやって突き止めたのかは知らないけど、明日香のことを調べて、今日この惨劇になったと」
一端の探偵かの如く隼斗が言う。
「うん、彼女ああいう性格だし、明日香のことを駅で待ち伏せしていたのかも.....本当にごめん」
僚は、自分の無責任な一言がこの事態を招いてしまったと落ち込んでしまった。すると明日香が突然言い出した。
「........かき氷」
「へ?かき氷?」
「そう。今度みんなで海に行った時、そこのキッチンカーで売られているマンゴーのかき氷でチャラにしてあげる」
明日香は僚を見上げてニヤッと笑う。
そのマンゴーのかき氷は1つ¥800と、中学生にとっては高級品だ。でも僚は
「わかった。奢るよ」
とすぐに了承した。それを見て隼斗が
「俺のねぇちゃん高いからな」
と締まらない締め方をした。
この日の出来事は後日他の3人も聞かされ、6人の間では夏の恋の事件簿として、何年経っても語られることになる。
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