buddy ～絆の物語～

1. スカウト

突然、土手の上から走ってきた背の高いお兄さんに声を掛けられた。
「は？ダンス？歌？」
「そう。ごめんね突然こんなこと言って。決して怪しい者ではないから」
まさか自分がこのセリフを使う時がくるとは。そう思いながら元木が声を掛けたのは、さっき飛んで行ったボールを一生懸命追いかけていた僚だ。その僚が元木と話していると、なんだなんだと他の5人も集まってきた。
「僚くん知り合い？」
「いや、知らない人」
不思議そうな顔で尋ねる竣亮(シュンスケ)に僚(リョウ)はふるふると頭を振った。
「あ、みんなにもはい」
そう言って元木は他の5人にも1枚ずつ名刺を渡していく。
「お兄さん、イケメンだけどとっても怪しいよ？」
「私は怪しくてもイケメンだったら許しちゃうなー」
「深尋(ミヒロ)はただイケメンが好きなだけだろ」
「私だけじゃないもん。明日香(アスカ)だってイケメンが好きだもん。ねー？」
「私は...」
「明日香はお父さんみたいな人がいいって言ってただろ」
「隼斗(ハヤト)！余計な事言わないで！」
小学生らしい会話がポンポンと飛び交う。元木は6人の気が済むまで話をさせて、終わるのを待った。
すると、一番最初に話しかけた僚が元木に聞いた。
「ダンスとか歌って、そもそもなんの会社なんですか？」
（お、この子は年の割にしっかりしているな）
元木は僚と話せば他の5人も自然と聞いてくれるだろうと直感した。
「芸能事務所といって、テレビに出ているタレントさんやモデル、歌手の人達を育てたり、売り出したりする会社だよ」
「お兄さんはモデルなの？」
さっきイケメン好きだと言われていた深尋というボブカットで目がクリクリとした可愛い女の子が元木を見上げながら聞いてきた。
「僕はモデルじゃなくて、この芸能事務所の社員だよ。所属しているタレントさんのマネージャーとかもやっているよ」
「えーお兄さんイケメンなのにもったいないよー」
「あはは...ありがとう」
と苦笑いをしながら、やっぱり女の子のほうが男の子よりもませているんだろうな、と元木は思った。すると、他の子よりも日に焼けた色黒のいかにもスポーツマンという雰囲気の男の子が、
「え、これってもしかしてたまにテレビで見るスカウトってやつ？」
と聞いてきた。
「そう！まさに僕はいま、君たちをスカウトしているんだよ。ダンスや歌じゃなくてもいい。芸能界に興味があればいいんだけど、どうかな？」
そこまで言うと、6人はうーんと黙ってしまった。
正直、ダンスだの歌だの言われてもテレビで見るくらいで、興味があるかと言えば興味はない。自分たちにできるとも思っていない。他のクラスメイトの女の子たちがたまにアイドルの話で盛り上がっていたりしても、自分たちには関係ないものとしてきた。その見解は６人とも共通していた。その様子が元木にはありありと見て取れた。
（あんまり興味なさそうだけど、諦めたくない）
そう思った元木は何とか6人に近づきたいと思い、
「とりあえずさ、君たちの名前だけでも教えてくれないかな？」
そう言うと一番しっかり者の僚が
「それは無理です」
とぴしゃりと言い放った。
「お兄さんはこうして僕たちに名刺を出してきて身分を証明したかもしれませんが、僕たちは家でも学校でも知らない人についていかない、名前を聞かれても教えてはいけないといわれているんです。だから教えることはできません」
そうはっきりと告げられた元木は、小学生相手にひるんでしまった。
他の5人も、僚がそう言うのを聞いて、
「僚くんの言うとおりだね」
「僚が言わなかったら自分から言っちゃうとこだったー」
と6人が一丸となってしまった。
（一気に距離を詰めすぎるのはダメだな....）
「あはは、それもそうだよね...ごめんごめん。そのかわりさ、明日もここで遊んでいる？」
そう聞かれて6人は顔を見合わせてコソコソと相談を始めた。
「名前じゃないし......」「悪い人そうではなさそうよね......」「でも.......」
コソコソ話が断片的に聞こえてくる。
（完全に怪しまれてるな.....この子たちもそうだけど、まずは親御さんたちに会えるようにしないと......）
なんて思っていると、相談を終えたのか僚が
「雨が降らなければここにいると思います」
と答えてくれた。
「そう、わかった。じゃあ、僕と君たちの信頼関係ができるまで、僕もここに通うことにするよ。いいかな？」
「.....まぁ、ここは皆の遊び場なので、ダメとは言いません」
「ありがとう。それじゃあもう遅いし、気をつけて帰るんだよ」
それだけ言うと元木は土手に向かって歩き出した。すると後ろから
「イケメンのお兄さんバイバーーーイ！」
と大きく手を振る深尋と小さく手を振る明日香の姿があった。
男の子たちはただ無表情でこちらを見ていた。

元木は6人に手を振り返しひとりでつぶやく。
「原石か....とんでもないものを見つけたな.....」
スカウト活動を始めて10か月、元木は初めて胸が高鳴った。あの子たちにはぜひうちの事務所の練習生になってもらいたい。そしてじっくり丁寧に育て上げ、最高の状態でデビューさせたい。そんな思いが膨らんでいった。
そのためにはまず、あの子たちの信頼を得ないといけない。子供だからと甘く見ていると、たちまち拒否のシャッターが下ろされ、もう2度と会ってはくれないだろう。あのしっかり者で賢い僚という少年、彼があの6人の中心的人物なのは間違いない。賢いだけでなく顔も良かった。絶対モテるだろうな。他の5人も遠目で見るよりも目鼻立ちがよく、とても魅力的だった。成長するにつれその魅力も増していくだろう、そう確信する。

「絶対に逃したくないな....」
元木は久しぶりに明日という日が楽しみになっていた。