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20. 高校1年生⑤
ショッピングモールで5人とその友人たちがやいのやいの騒いでいた頃、深尋は1人GEMSTONEの前にいた。受験が終わって、無事高校に入学したにもかかわらず、一度も元木に会えていなかったのだ。高校受験終了後にレッスンが再開された後も、元木が顔を出すことはなかった。元木がレッスンに顔を出さないことはたまにあったが、こんなに長い間自分たちの様子を見に来ないのは今までなかった。
(私たちのこと大事だって言ってたクセに.....)
心の中で悪態をついてしまう。
深尋は小学校5年生の時、元木に初めて会って完全に一目ぼれしていた。明日香は最初こそ『いつものことだ』くらいに思っていたが、毎度毎度「好き、好き、好き、好き」言ってるし、誕生日・クリスマス・バレンタインデーには必ずプレゼントをあげていた。
なので、一度深尋に尋ねてみた。
「ねぇ深尋。毎回元木さんにアピールしてるけど、あれって本気?」
「うん、わたしは最初からずっと本気だよ。本気で元木さんの彼女になりたいの」
そう言ったのが、中学2年の時だった。
いつもは天真爛漫で無邪気な深尋が、真剣な顔ではっきりと告げた。
それから明日香は、陰ながら深尋の恋を応援していた。しかし相手は30歳の大人だ。中学生の自分が相手にされるわけないと思うことも多々あったが、それでもあきらめることはできなかった。
(はぁ.......今日も会えないのかな.......)
高校入学後、深尋はこうして学校帰りに元木に会いたい一心で、たびたびGEMSTONEを訪れていた。基本、レッスン日や事務所から呼び出しがあった時以外は、セキュリティの関係でビルの中には入れない。なので、ひたすら1階の正面入り口で立ち尽くすことしかできないでいた。
時刻は夕方6時になろうとしていた。
(もう帰ろう......)
日もとっぷりと暮れ、ビルの周りでは街灯がつき始めた。4月なので、まだまだ寒い。深尋は冷たくなった手でマフラーをぎゅっと掴み、バス停に向かおうとした。以前住んでいた風見市だと、ここから電車で行けるが、中学に上がる前に引っ越してからはバスでレッスンに通っていた。そしてバス停に向かって道路を渡り歩き出したものの、やっぱり会いたいなと思い事務所の方を振り返る。すると、会いたくて会いたくて仕方のなかった長身の男、元木がさっきまで深尋がいた正面入り口に見えた。
「!! 元木さ....」
深尋は声を掛けようとしてやめる。その元木のそばには、ウェーブのかかったロングヘアで白のタイトワンピースに薄いピンク色のジャケットを羽織った、とてもきれいな女性がいたからだ。しかも親密な関係なのだろう、腕を組んでいる。そして2人は深尋に気づくことなく、タクシーに乗ってしまい行ってしまった。
深尋はわかっているつもりだった。元木の年齢を考えても、そういう相手がいてもおかしくないと。でも、元木は出会った時からずっと自分たちを大事にしてくれた。大事にするとも言ってくれた。
しかしそれは、あくまでも<6人を>大事にすると言ったのであって、<深尋だけ>を大事にすると言ったのではない。
本当はそのことに気づいていたのに、気づいてないふりをしてきた。
「うっ......うぅ......」
まだ人の往来がある時間。こんなところで泣きたくないのに、嗚咽する。
この恋に最初から望みなんてなかったんだと現実を思い知らされ、深尋は涙があふれて止まらなかった。
それからバスに乗り、暗くなった街を走る。ガラスには自分の泣き顔が映し出され、それはそれは人に見せられる顔ではなかった。するとバスはショッピングモールを経由するためその敷地の中へ入る。ショッピングモールのバス停には、制服姿の高校生がまだまだたくさんいた。その様子を深尋は車内からぼーっと見ていた。その時、その中によく知る顔を見つけた深尋は、何も考えずバスを飛び降りた。
「明日香‼」
そう言って深尋は明日香に抱き着いた。
「え⁉深尋⁉」
周りにいた僚たちも、突然出てきた深尋に驚く。
「お、おい!深尋、お前どっから湧いてきた?」
「隼斗待って。なんか様子がおかしい....」
僚は何かを感じたのだろうか、隼斗を制するように言う。
深尋はぐすっぐすっと明日香に抱き着きながら泣いている。すると明日香が、
「花、秋菜、ごめん。ちょっと友達が緊急事態みたい.....」
と2人に謝る。
「あ、うん。うちらは大丈夫だから。また来週ね」
「ちょうどバスも来たし、気にしないで」
そう言って2人は、深尋が降りたバスに乗って帰っていった。
「市木、お前も帰っていいぞ」
僚が市木に冷たく言う。
「え~だって、明日香ちゃんとまだおしゃべりしたいし、なんか女の子泣いてるし~」
「お前が気にすることじゃねえ。あと、明日香ちゃんって言うなっ」
ガルル...と聞こえてくるように隼斗が言う。
「市木くん、ごめんなさい。わたしこの子の話、聞いてあげないといけないから、今日はもう......」
明日香が市木にそこまで言うと、
「うーん。そしたら、土曜日でもいいからデートしてくんない?約束してくれたら今日はおとなしく帰るよ」
と、ニコッと不敵な笑顔を見せた。
「おい、市木.....」
「お前調子に乗るな.....」
「わかった。いつになるかわからないけど、約束する」
僚と隼斗が市木にひとこと言ってやろうとするのを、明日香が止める。
「ありがと~。んじゃ、俺は帰るね」
と言って、次に来たバスに乗ろうと歩き出す。そしてもう一度振り返り、
「あ、でも、番犬くんはお留守番しててね」
と言い残しバスに乗ってしまった。
捨て台詞を言われた隼斗は、
「ふざけんじゃねーぞ‼」
と叫んだが、市木の耳には入っていない。
それから深尋が落ち着くのを待って駅に行き、6人で電車に乗った。今日は週末ということもあり、深尋は明日香の家に泊まることにした。詳しい話は知らないが、女同士で話した方がいいだろうと、僚、誠、竣亮はそれぞれ自宅に帰っていった。
「あらあら、深尋ちゃん。久しぶりねー」
「おばさん、遅い時間にごめんなさい......」
「いいのよー。お腹空いたでしょう」
「あ、お母さん。今日私の部屋でご飯食べてもいい?」
明日香が母親に聞く。すると、深尋の様子をみた母は、
「いいわよ。温めてから持っていくし、着替えてらっしゃい。あと、深尋ちゃんの家にはお母さんから連絡しておくから」
そう言って、キッチンに行ってしまった。
それから2人で明日香の部屋に行く。隼斗も後ろからついてきていたが、なにも言わずに自分の部屋へ行ってしまった。
「........明日香、ごめんね」
明日香から借りたスウェットに着替えて、深尋が申し訳なさそうに言う。
「ううん、大丈夫だよ。ね、何があったのか話してくれる?」
「........うん。あのね......」
そう言って、深尋は今日の出来事を話した。そして話しているうちにまた思い出したのか、涙があふれてくる。
「も、もう、何度もっ...あきらめっようと....お、思って....いるのにっ」
嗚咽しながらも話そうとする深尋。
「うん、わかってるよ。深尋の気持ち。ちゃんと、本物の気持ちだってことわかってるから。だから簡単にあきらめきれないんだよね」
「うぅ.....あすかーーーー」
泣いても、泣いても、涙は枯れることがない。とめどなくあふれてくる涙はポロポロ零れてくる。
明日香は正直、こんなに誰かを好きになったことがない。自分が恋愛感情に疎いのはわかっていたが、人を好きになって、泣いたり、笑ったりできる深尋がうらやましいとさえ思った。大好きな家族がいて、大好きな友達がいる。それだけで満足していた。いつか自分も、誰かのことをこんなに好きになることができるのだろうか、と考えていた。
しばらくするとドアがノックされ、トレーにカレーライスを2つ載せて、隼斗が持ってきてくれた。
「ほら、泣き虫。早く飯食って寝ろ」
「ひどい!隼斗!あんた絶対モテないでしょっ」
「そういうことには困っていませんのでー」
「なによっ彼女いない歴=年齢のくせに」
「ふふふふ......馬鹿だなお前。俺が何でもかんでもペラペラしゃべると思っているのか?」
なぜか勝ち誇ったように隼斗が言う。
「え?どういうこと?隼斗、彼女いるの?」
「さあなーお前に教えるわけないだろー」
「明日香、何か知ってる?」
明日香は2人をほっといて、すでにカレーライスを食べ始めていた。そして思い出す。
「あ、そういえば、中学の時のバスケ部のマネージャーに告白されて付き合ったけど、1週間で別れたね」
「おいっ!なんで、明日香が知ってるんだよっ」
隼斗は急に慌てだす。
「だって私、その子に隼斗と別れたいから言っといてほしいって言われたもん。だけど、そういうことは自分で言ってって断ったし」
「!!!!!」
それを聞いて、隼斗は顔が真っ赤になった。
「なあんだーたいしたことないじゃん。しかもフラれてるしー」
プププっと深尋が笑い出す。
「うるせー!泣き虫!」
そういうと、隼斗はバタンっとドアを閉めて出て行った。
それから深尋と夜遅くまでおしゃべりをした。泣き疲れたのか、電気を消すと深尋はすぐに眠ってしまった。そして明日香は今日の出来事を思い出す。
(市木くんとのデートって、どうすればいいのかな......)
あの時は泣きじゃくる深尋がいたから、あの場を何とかしようと思って安請け合いしたけど、よく考えたらとんでもない約束だなと思った。
(明後日のレッスンの時に、僚に相談しよう)
結局、恋愛偏差値の低い自分が考えたってどうしようもない、と開き直り、明日香も眠りについた。
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