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21. これからのこと 前編
日曜日の12時15分前。僚は隼斗、明日香、竣亮、誠とレッスンに行くため、駅で待ち合わせをしていた。
いつもは午後3時から始まるレッスンだが、今日は午後1時に来るように言われていた。
中学生の時はみんな部活動をしていたため、レッスンに行くのもバラバラだったが、高校生になってからは、誰も部活動をやっていなかった。僚も中学生の時はサッカー部だったが、ほとんど付き合いで入ったようなものだったので、今はどの部活にも属していなかった。
待ち合わせ時刻の12時10分前になり、4人揃って駅にやってきた。
「僚くんごめんね、待たせて」
「いや、そんなに待ってないよ。大丈夫」
「いつもより早いから眠い.....」
「誠って、寝る子は育つグランプリがあったら優勝だよね」
「お、ありがと」
「褒めてない、褒めてない」
と、くだらない話をしながら改札を通り、ホームへ向かった。
電車に乗ると、これから部活に行くのだろうか、明日香の高校や、隼斗と誠の高校の制服を着た生徒がちらほらいた。5人は邪魔にならないよう、乗降するドアとは逆側のドアの前に立っていた。すると、やはりこの男子4人はかなり目立つのだろう。周りの女子がちらちらとみている。明日香はその女子たちの目を気にしてこの男子から少し離れようとするが、すぐ隼斗に気づかれ、
「どこ行くんだよ。危ないだろ」
と言って、腕を引っ張られ戻される。
(....ちっ)
明日香は心の中で舌打ちする。
「相変わらず過保護だな隼斗」
僚が隼斗にあきれながら言う。
「別に、これくらい普通だろ?」
「俺、姉ちゃんとか妹にこんなことしない」
「誠のとこは、ほら、いろんな意味で強いじゃん」
「僕もお姉ちゃんにここまでしないなー」
「竣亮は守ってもらってる方じゃ......」
言いかけて、後頭部を僚にパシッとはたかれる。
竣亮はまだナーバスになっているかもしれない。余計なことを言うなという、僚からの警告だった。
「まぁ、隼斗がこんなになったのは、私のせいでもあるんだけどね」
「明日香のせい?」
竣亮が尋ねると、明日香が過去の話をする。
「まだ幼稚園にならないくらいの時だったかな、家族で夏祭りに行ったの。そこで私が迷子になってさ。結構長い時間探し回ったみたい。警察にも協力してもらって。やっと見つけた時には着ていた浴衣も泥だらけで、泣いていたから顔もぐちゃぐちゃでさ。それを見た隼斗がお父さんとお母さんに、これからは俺が私を守るみたいなことを言ったみたい。本人は覚えてないみたいだけど」
そこまで言い終わる時には、隼斗の顔が真っ赤になっていた。
「隼斗、ただのシスコンじゃなかったんだな」
「........うるせーシスコン言うな......」
「隼斗くん、かっこいいね」
「........おぅ」
「明日香、彼氏作るの大変だな」
「おい、僚。あのちゃらんぽらん男だけはマジで許さんからな」
「あー.......言っておくよ.......」
隼斗が明日香にシスコンを爆発させるのは、あの時の明日香の姿が、あまりにもショッキングだったのかもしれない。小学校の時は、何かと構ってくる隼斗が鬱陶しくて邪険にしていた明日香も、今はほとんど何も言わなくなった。むしろ、先日の市木のような男が寄ってきたときには防波堤になってくれるので、助かっていることの方が多い。でも裏を返せば、明日香の恋愛偏差値が低いのは、半分以上隼斗の責任でもあった。
こうして藤堂姉弟の絆のエピソードを話しているうちに、5人は事務所の前まで来ていた。
事務所の受付で入館の手続きをすると、いつもは練習着に着替えるため更衣室に行くのだが、今日は5階の会議室に行くよう言われた。5人が会議室に入ると、深尋がすでに座っていた。
「あ、みんなおはよう」
号泣していた日以来に会う、僚、誠、竣亮は少し心配そうにしたが、深尋の方から
「この間はごめんね。もう、大丈夫だから」
と言われたので、それ以上何も聞くことはしなかった。
空いている席に適当に座り、みんなでいつも通りおしゃべりしていると、ガチャっとドアが開き、元木が入ってきた。
「みんな久しぶり。ずっと顔を出せなくてごめんね」
「元木さん、ほんとに悪いと思ってるの?」
「俺たちもう、捨てられたのかと思ったよ」
明日香と隼斗が厭味ったらしく言う。それもそうだ。実に3か月ぶりに元木が顔を出したのだから、文句の1つも言いたくなる。
「まさか!僕が君たちを捨てるわけないでしょ」
「それで、元木さん。今日は何で早くに呼んだんですか?」
僚が言い訳はいいからさっさとしろ、と言わんばかりに元木に言う。
「あっと、その前に。隼斗、誠、明日香、深尋。高校入学おめでとう。僚と竣亮も高校進学おめでとう。これは、僕からのプレゼントだよ」
そう言って、1人1人にきれいに包装された箱を手渡していく。
「え!なに?開けてもいいの?」
「うん。気に入ってもらえるといいんだけど.....」
6人はガサガサッと包みを開けていく。すると中には腕時計が入っていた。
「これ、もらっていいの?」
深尋が元木に聞く。
「もちろん。僕からの入学・進学祝いだよ。ちなみに、時計の裏にはみんなの名前の刻印もあるよ」
そう言われて裏を見ると、ローマ字で名前が彫られていた。元木からもらった腕時計はスポーツタイプのアナログ時計で、全員色違いのメンズものとレディースもので6人お揃いになっていた。
「うわーー!うれしい。ありがとう元木さん!」
「ありがとうございます。大切に使うね」
「元木さん、ありがとう」
先ほどの不満は一気に吹き飛び、6人は口々にお礼を言う。そうしてひと段落着いたところで、元木が本題を切り出す。
「さて、今日みんなに早めに来てもらったのは、会わせたい人たちがいるからなんだ。今から呼んでくるから、ちょっと待ってて」
そういうと元木は会議室を出て行ってしまった。
「会わせたい人.....?」
「だれ?」
全員で顔を見合わせながらヒソヒソ話していると、すぐに元木が戻ってきた。
元木が連れてきたのは、薄めのサングラスを掛け、肩まで伸びた髪をハーフアップに適当に結んでいる男性と、いかにもサラリーマンというようなスーツを着た男性2人だった。
「みんな紹介するね。こちら、音楽プロデューサーのEvan(エヴァン)さんと、アースミュージックレコードの永山さんと谷さんです」
「初めまして、Evanです。こんな名前だけど日本人です。よろしく」
元木に紹介されたEvanというサングラスの男が、6人に短めの挨拶をする。
6人はいまだに状況がわからず、とりあえず
「「よろしくお願いします.....」」
とだけ言った。
「さて、これから大切な話をします」
元木が話を切り出す。
「僕はEvanさんのプロデュースで、君たちをアースミュージックレコードのレーベルからCDデビューしたいと思っているんだ」
「..................え?」
元木からそう言われた瞬間、全員固まってしまった。
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