23. 決断の時

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23. 決断の時

その日のレッスン終了後、6人はすぐに帰宅する気になれず、駅前のバーガーショップに立ち寄ることにした。明日香と深尋は飲み物だけ注文し、男子4人はがっつりセットを注文していた。夕飯もあるのにとは言ったが、大丈夫、大丈夫と押し切られた。 6人が座れる大きめのソファー席に座ると、やっぱり特攻隊長の僚が話し出す。 「みんなさ、今日の話どう思った?」 「.......まぁ、びっくりだよね」 「突然すぎて、頭の中がこんがらがってるー」 明日香と深尋はまだ整理が出来ていないようだ。そんな中、竣亮が口を開く。 「確かに驚いたけど、僕たちがレッスンを受けていたのは何のためかって言ったら、みんなと一緒にいたいっていうのももちろんあるけど、やっぱり歌手デビューっていうのもあったんじゃないかな.......」 竣亮がめずらしくはっきりと言う。 「じゃあ、竣はデビューしたいってこと?」 「.......みんなと一緒ならしたい」 「親に反対されても?」 僚が竣亮に答えにくい質問をする。 竣亮の両親は、練習生でいる間は何も口を挟んでこなかった。それは、成績を落とすなという親との約束を、竣亮がきちんと守っていたからということもあるだろう。それが本格的な歌手デビューとなれば、何を言われるかわからない。それでも竣亮は、覚悟を決めた目をしてみんなに言う。 「反対はさせない。ちゃんと大学まで卒業するし、自分の道は自分で決める。それに僕、正直いま学校が楽しくないんだ....その、いろいろあったから....。でも、みんなといると元気になれるし、頑張ろうって思えるんだ。僕の大切な場所は僕が守っていきたい。だからみんなと一緒にやりたい」 「竣.......」 「竣亮........」 数か月前、竣亮が大きく傷ついたことはみんな知っている。それでもこうして頑張ろうとしている竣亮を見て、5人は心を打たれた。 竣亮の話を聞いて、僚は心に決めた。 「わかった。俺もみんなと一緒にやるよ。そのかわり竣、ちゃんと両親を説得するんだぞ」 「うん、大丈夫。奥の手があるから」 「奥の手.......?」 「そう。お姉ちゃんに協力してもらうから」 「..............じゃあ、心配ないか」 竣亮の姉と聞いて、全員口をつぐんでしまう。それほど影響力のある竣亮の姉の話は、また別の機会に。 「わたしも、みんなと一緒にやる」 今度は深尋が宣言する。それを聞いて明日香が心配そうに聞く。 「え.....深尋、大丈夫?その.....」 「お前、元木さんに失恋したんだろ?いいのか?」 「!!!!!」 無神経シスコン男がまたも火を放つ。 「なんで隼斗が知ってるのよ‼」 「お前なー明日香の部屋の隣は俺の部屋だぞ。あんだけ元木さん、元木さんってわーわー泣いていたらわかるだろ」 「だからって、みんなの前で言わなくてもいいじゃないっ」 「今じゃなくていつ言うんだよ。それに、お前が言わなくても、みんなお前が元木さんが好きなことは知ってるし」 「隼斗っ」 明日香が、もうしゃべるなと言わんばかりに隼斗を睨みつける。そして、 「深尋、これから元木さんといる時間も長くなるよ?それでもいいの?」 と、優しく問いかけた。 「うん、大丈夫。わたしも竣亮と一緒でみんなと一緒にいるのが楽しいから。だからやりたい」 それを聞いて、僚が話を続ける。 「深尋の気持ちもわかった。........誠は?」 僚は、これまでずっと黙って話を聞いていた誠に意思を確認する。 「俺は.......正直、今までもそうだけど、お前らのついでくらいにしか考えてなかったから、まだ迷ってる」 そう、誠はいつも一緒にいるが決して自分が目立とうとはせず、後ろからみんなを見ているような立ち位置だった。 「でもさ、俺らの中でダンスが一番うまいのは誠じゃん。ダン先生のお墨付きだろ。誠がいないと話にならねーよ」 「そうだよー。誠、教え方も上手いしー」 元々運動神経のいい誠は、6人の中でもダンスの才能があったようで、その実力はダン先生も認めていた。 「そうだよ誠。お前は俺たちのついでなんかじゃなく、仲間の1人だよ。それに誠がいないと、深尋にダンスを教える先生がいなくなるよ」 「そうそう。わたし、ダン先生よりも誠に教えてもらった方が、早く覚えられるし」 僚と深尋が誠にそう言うと誠は、はーーーと息を吐き、 「........しょうがないな。やるかー」 と両腕を伸ばした。 「あとは、隼斗と明日香だけど......」 言いながら僚は2人を見る。 「俺も明日香もやるよ」 「ち、ちょっと、隼斗っ」 「なんだよ。みんなやるって言ってるのに、やらないはないだろ」 「でも.......私、そんな自信ない........」 明日香はいつものハキハキとした口調ではなかった。すると、隼斗が明日香にあきれながら言う。 「お前さ、相変わらず自己評価も自己肯定感も低すぎ。いつも私なんかって言ってるけど、そんなこというな。俺は正直お前が羨ましいよ。双子なのに俺が持ってないものもいっぱい持ってるじゃん。もっと自分に自信を持って、自分を可愛がってやれよ。みんなお前が必要なんだよ」 いつものふざけた隼斗でも、シスコン爆発の隼斗でもない、明日香が見たことのない隼斗がそこにいた。 「俺も、明日香がいないと困るな.....」 そう僚がつぶやく。 「.......え?」 「だって、いつもみんなをまとめるのは俺で、それをカバーしてくれるのは明日香だからさ。結構頼りにしてるんだ。それに隼斗の言うように、明日香はもっと自分に自信を持っていいと思う。せっかくの美人がもったいないよ」 そう言われて明日香は一瞬、ドキッとした。しかし、それを打ち破るように隼斗が言う。 「おい、僚。もしかして口説いているのか?お前もしょせん、あのちゃらんぽらん男と同じなのか?」 隼斗がめずらしく僚に詰め寄る。 「口説いてないよ。それに、市木と一緒にするな」 「ねーちゃらんぽらん男ってだれー?」 深尋はあのショッピングセンターで、市木とは面識がないのでわからなかった。というか、明日香に抱きついて泣いていたので、顔を見ていない。 「いま明日香に言い寄っている僚の友達」 「それも隼斗くんの目の前で」 その場にいた誠と竣亮が簡潔に説明する。 「うわー勇気あるねその人」 深尋は別の意味で感心していた。 「明日香、あいつと2人でデートなんて許さんからな」 いろいろ思い出したのか、隼斗はまだ市木の話を続けている。 「市木くんも本気じゃないと思うし、忘れてるよ。ね?僚」 「......はっきりいって、市木は諦めの悪い男だ」 「......えぇ?」 「隼斗があれだけ言っても、諦めなかったんだぞ。しかもあいつは、女の子の扱いがうまいというか.....とにかく、明日香1人では太刀打ち出来ない相手だよ」 「きゃーっ明日香にもとうとう春が......!」 市木に会ったことがない深尋だから、言えることなのだろう。明日香もそうだが、他の男子4人も全員思っていた。 (あいつはヤバい。明日香なんか一瞬で食べられる!) と。明日香は今更ながらとんでもない約束をした、と後悔した。 「ど、ど、どうしよう.......?」 「まぁ、俺も成り行きとはいえ、明日香に市木を紹介した責任があるし、なにか考えるよ」 そうは言ったって、いますぐ解決する話ではないので、この話はそこで終わった。そして僚は、再度明日香に聞いた。 「それで、あとは明日香だけだよ。どうする?」 明日香は先ほど僚と隼斗に言われた言葉を思い出す。 (確かに今まで自分は、自信のないことからは逃げていたかもしれない) そんな自分を変えたいと思ったことは、正直何度もある。これが、そのきっかけになるかもしれないと思った明日香は、 「わかった。私も自分を変えるために、みんなとやるよ」 と決心した。 こうして6人は、これからもみんなと一緒に楽しくいられるように、歌手デビューするという決断をした。
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