36. 夏祭りデート

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36. 夏祭りデート

8月最初の土曜日。明日香は市木と夏祭りに行くため、準備をしていた。 電話番号を交換して以来、市木からほぼ毎日連絡が来る。今日何していたとか、何食べたとか、そんなたわいもない話ばかりだったが、それほど嫌ではなかった。 「お母さーん」 「なーにー?」 「髪の毛、編み込みしてほしいんだけど.....」 「あらっ、ふふふ。いいわよー」 明日香は普段、ストレートのロングヘアを下ろしていることが多い。なのに今日は、母親に編み込みのヘアアレンジをお願いした。 「ねね、明日香。デート?」 「......違うよ」 「ふぅん、ま、そういうことにしときましょ」 「お母さん、隼斗には言わないで」 「わかってるわよー」 母親はフンフンフンと鼻歌を歌いながら、明日香の髪を編み込んでいく。 「暑いから、後ろでまとめちゃうわねー」 そうしてできたのは、両サイドを編み込んで、それを後ろで一つにお団子にまとめる、夏らしい涼しげな髪型だった。 「うん!かわいいっ」 「.......ありがと」 夏本番の夕方5時過ぎ、明日香はみんなでよく遊んだ河川敷へ向かった。 風見市の夏祭りは、毎年8月の最初の土日に風見川の河川敷で行われる。 その河川敷に向かう道すがら、古い神社がある。その神社の鳥居の前で市木と待ち合わせをしていた。 「市木くん、お待たせ」 「やっほ~明日香ちゃん.....めっちゃ可愛いね」 オフホワイトの花柄のノースリーブワンピースに、肩からレモンイエローのカーディガンを羽織っている明日香を見て、市木は止まってしまった。 「.......ありがとう」 「髪型も似合ってる。いつも下ろしてたから、新鮮で可愛い」 「.......どうも」 市木のストレートな物言いに、明日香は照れてしまう。 「市木くん、この祭り初めて?」 河川敷に向かいながら、明日香が聞いてくる。 「あ、うん。初めてだよ。なかなかここまで来ることないからな~」 「そうなんだ。そしたらさ、おいしいベビーカステラ屋さんがあるから、そこ行こうか」 「いいね。今日は明日香ちゃんにエスコートしてもらえるの?」 「ははっ、いいけど、あまり期待しないでね」 市木は明日香の手を取りたいのを我慢しながら、一緒に肩を並べて歩く。 それからベビーカステラを食べたり、ヨーヨー釣りをしたり、射的をしたりと、祭りを楽しんでいた。 そして空の色が青と黄金色の黄昏時になった頃、歩き疲れた2人は、河川敷沿いの土手にあるベンチで並んで座った。 河川敷に並んでいる屋台のライトが付き始め、そのライトに2人の顔が照らされる。市木はライトに照らされた明日香の横顔を見て、ドキドキしていた。 「明日香ちゃんはさ、ずっとこの街で育ったの?」 「そうだよ。小学校の時はこの目の前の河川敷で、毎日みんなと遊んでた」 「みんなって......」 「隼斗と僚と誠と竣亮と深尋。ほんと、なんであんなに一緒にいたんだろうってくらい、毎日一緒にいた」 「........本当に仲がいいんだね」 「そうだね.......」 「俺は正直、明日香ちゃんたちが羨ましいよ」 「羨ましい?」 市木は暗闇に浮かぶ屋台の列を眺めながら話す。 「だってさ、明日香ちゃんたちって小学校から仲が良くて、中学がバラバラでもずっと一緒にいて、そしてそれは今も変わらず続いている。こんな友達、しかも男女の友達関係って、なかなかないと思うし、それと同時に、なんで俺はその中にいないんだろうって思った。だから、単純に君たちが羨ましいんだ」 明日香は、市木がそんな風に思っていたことにびっくりした。 たしかに、あの時GEMSTONEに入所していなければ、みんなとはとっくに疎遠になっていたかもしれない。いまの自分たちを繋いでいるのは、GEMSTONEがあるおかげだと明日香は思った。 だから先日、市木と僚と3人デートをした時、市木に言われた言葉を思い出して、明日香は隼斗たちのためにも、これだけは言わないといけないと思った。 「あのねこの間市木くんが、隼斗たちが私の恋愛する機会を奪ったって言ったけど、それは違うよ」 「そうかな?」 「うん、そう。私は恋愛なんかしなくても、十分楽しいし、幸せだよ。それはみんながいたから。だからもう隼斗たちを責めないであげて」 明日香は市木の目をまっすぐ見てそう言った。 「........明日香ちゃん、嘘つきだね」 「.....え?」 「明日香ちゃん、葉山のこと好きなんだろ?恋してるじゃん」 そう言われた瞬間、明日香は市木から目をそらす。 「隠しているつもりだろうけど、すぐわかったよ」 「.....だけど、僚には彼女がいるって....」 「それは...!」 市木はそれが自分の勘違いだったと訂正したかった。しかしなぜか、その言葉がうまく出てこない。 「それにわたしあの時、僚と市木くんが2人で話しているのを聞いたの」 「え?なにを........」 明日香はその時の言葉を思い出し、また涙が出そうになる。 「わたしのことは、友達で、幼馴染で、仲間で、それ以上の気持ちはないって......言ってたこと。それってつまり、わたしのことは恋愛対象ではないってことでしょう?彼女がいた事実より、そっちの方がつらい....」 市木はあのカラオケボックスでの話を明日香に聞かれているとは思わなかった。先日、駅前で隼斗に言われた言葉を思い出す。 『お前の余計な一言のせいで、明日香がどれだけ傷ついたと思ってる⁉あの日帰ってきてから、どれだけ泣いていたと思う⁉』 (あぁ....俺が明日香ちゃんを傷つけたんだ......) 思い出した瞬間、激しい後悔の波が押し寄せてきた。 「.........明日香ちゃん.......」 「だからわたしね、恋を自覚したのも、失恋したのもあの日だったけど、いまならまだ、間に合うと思う......」 「あきらめるの?」 そう言われて明日香はこくんとうなずく。 「いまでも友達で、お互いに頻繁に会っているのに、あきらめられるの?」 「....................」 市木は明日香が僚のことをあきらめると聞いて、自分も決心する。明日香を傷つけた贖罪の意味も込めて。 「ごめんね、こんなこと言って。でもね、あきらめるよりも楽な方法があるって言ったらどうする?」 「......そんなことあるわけ.....」 「俺、明日香ちゃんのこと本気で好きだよ」 聞いた瞬間、ガバッと顔を上げる。 「俺と付き合ってほしい。そしたら、あきらめるよりも楽でしょ?」 これまでに見たことのない、真剣な市木の目が明日香を捉えている。 「あ、あのっ、わたし.......」 「葉山のことを忘れるための道具にしていいってこと」 「そんなこと......できるわけない......」 「明日香ちゃんのためなら、道具にもなるよ」 市木は明日香をまっすぐ見る。そして、ベンチの上に置かれていた明日香の左手に自分の右手を重ねる。 「俺を利用して、葉山のことを忘れて。そして、俺のこと好きになって」 「そんなことできないっ......!」 その時、市木と明日香を照らしていたライトが遮られ、2人の上に人影が出来る。市木が頭を上げてみると、そこには僚が立っていた。 「葉山........牧も........」 その名前を聞いた瞬間、明日香も顔を上げる。 そこには、僚とショートカットの女の子が立っていた。 「........市木、何してるの?」 「何って、見てわからない?愛の告白してるの」 僚はちらっと明日香を見て、明日香の手に市木の手が重なっているのを見る。 「明日香、泣きそうな顔してるけど?」 「別にいじめてないよ。それより葉山こそ牧とデート中だろ?俺たちに構ってていいの?」 市木はまた僚を挑発するように言う。 「デートじゃない。クラスの何人かと来ていて、買い出しに来ただけだ」 「ふーん。ま、俺たちには関係ないけど。明日香ちゃん、行こっか」 市木はベンチから立ち上がり、重なっていた手を握ったまま明日香を立ち上がらせる。そしてそのまま明日香を連れて行ってしまった。 明日香は僚の顔を見ることが出来なかった。 「葉山、市木と一緒だった子って知り合い?」 「........幼馴染」 「そうなんだ。葉山って、女の子のこと名前で呼ぶことあるんだね」 「.............」 牧にそう話しかけられていても、僚はずっと2人が歩いて行ったところを見つめていた。 祭りの会場から少し離れた大鳥橋の上に来ると、交通量は多少あるものの、人の往来はまばらになっていた。 「市木くん!待ってっ」 明日香がそう言うと、市木は引っ張っていた手を緩め橋の上で立ち止まる。 「ごめん....痛かった?」 「.....うん、少し」 すると市木は、引っ張っていた明日香の左手を両手で包むようにする。そして、小さな声で明日香に言った。 「俺、葉山に明日香ちゃんを取られたくなかったんだ。だから無理やり引っ張ってごめん.....」 「.....あのね、市木くん。さっきの話なんだけど.....」 「あ~っこの流れは無理っ。今は聞きたくない」 そういって市木は明日香の手を離し、橋の欄干から川の方を向く。それでも明日香は、市木のためにも自分の気持ちをちゃんと伝えようと思った。 「市木くん、聞いて。わたし、僚のことはその.....確かに好きだけど....でもそれは伝えるつもりはないし、ちゃんと自分の中で消化していくって決めたの。それに、いまは目指しているものがあって、それに向けて頑張っているところだから、たぶん恋愛とかは後回しになってしまうと思う。だから、市木くんの気持ちには答えられません。ごめんなさい......」 明日香にはっきりと告げられ、市木はなかなか言葉が出てこない。 しばらく沈黙した後、やっと市木が口を開く。 「............葉山に言わないの?」 「うん。言わない」 「なんで?」 「............友達でいたいから」 「.....じゃあ、俺はもう友達にはなれない?」 「.....市木くんがいいなら友達でも.......」 それを聞いて市木はガクッと額を欄干の手すりに当てて、 「はぁぁぁ.............」 と盛大なため息をつく。 「イヤだよ?本っ当にイヤだけど、明日香ちゃんと縁を持っていたいから.......お友達でお願いします.......」 市木の心底イヤそうな顔がおかしくて、明日香はくすっと笑ってしまう。 「はい、お願いします」 「う~~~っ明日香ちゃん、俺が君のこと好きなのは忘れないでね!友達だけどっ」 「うん。わかった。ありがとう市木くん」 再び笑顔を見せる明日香に、市木はそれ以上何も言えなかった。 祭りの熱気が漂う中、2人は『友達』になった。
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