37. buddy

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37. buddy

夏祭りの翌日。今日はレッスン日のため、深尋はGEMSTONEに来ていた。 いつも午後3時から開始していたレッスンも、夏休みということで1時間前倒しの午後2時から始まる。 しかし今日は、受付で入館手続きの際に、5階の会議室へ行くように言われた。そして深尋はいま、1人会議室でみんなの到着を待っていた。 (みんな早く来ないかなー?) 椅子に座り足をブラブラさせる。 中学校に上がる前、両親は隣市に念願のマイホームを購入した。そのため中学の区域が変わり、明日香と離れ離れになることが決まった。深尋は引っ越しをして明日香と離れるのがイヤで、中学卒業後、家出をしたことがある。(正確には3日ほど藤堂家に泊まっただけで、ちゃんと親同士で連絡を取り合っていた。) なので、GEMSTONEに深尋は1人バスで通っている。いまはもうだいぶ慣れたが、やっぱりみんなが来るまではさみしいなと思っていた。 すると、ガチャとドアが開いて元木が入ってくる。 「あ、元木さん!お疲れさまー」 「お疲れさま。みんなまだみたいだね」 「うん」 深尋は会議室に元木と2人だけになり、ドキドキした。でも、思い出すのは4月のまだ寒い日。元木がこの事務所から、きれいな大人の女性と腕を組んで出てきたことだ。ずっと聞いてみたかったが、聞けないでいた。聞いたところで、まともな答えが返ってくるとも思えなかった。 だからなのか、深尋は元木に尋ねてみた。 「ねぇねぇ元木さん。もしもわたしに彼氏が出来たらどうする?」 「えぇっ深尋、そんな男の子がいるの?まさかあの4人の中に.....?」 「違う!それはないし、もしもの話!」 「なんだ、隼斗とそういう仲になったのかと思ったよ」 「なってないっ!ていうか、なんで隼斗⁉」 元木から思ってもいなかったことを言われて、深尋はショックを受ける。 「え...だって、なんだかんだ仲いいでしょ?」 心外だ.....と深尋は思った。結局、元木から深尋が期待するような言葉は一切出てこなかった。その時、ガチャっと再びドアが開いて、5人が入ってきた。 「おつかれさまー」 5人の中で一番大きな声を出して、隼斗が入ってきた。深尋は先ほど元木に変なことを言われたことで、それを知らない隼斗をキッと睨む。 「おあ?なんだ深尋、その目は」 そう言って隼斗が深尋のほっぺたをつねる。すると深尋はふんっと、そっぽを向く。 「おいお前、反抗期か⁉」 そっぽを向いた深尋に隼斗が詰め寄る。 「何してんの2人とも」 「隼斗うるさい」 僚と明日香が2人を宥めるのを見て、元木が今日集めた理由を説明する。 「今日集まってもらったのは、君たちのグループ名を決めるためです!」 元木は1人でなぜかパチパチと拍手している。 「グループ名?」 「そう!みんなで決めようかなと思ってさ」 デビューするために重要なことの1つ。それがグループ名だ。これから売り出していくのに絶対に必要なもので、グループの看板であり、イメージにもなる。 「そうだよね.....大事なことなのに、考えてなかった」 「元木さんが考えるんだと思ってたな」 「僕が考えてもいいけど、どうせなら自分たちで決めた方がいいんじゃないかな。その方が愛着も沸くし、納得できるでしょう?」 そう言われては、自分たちで頭をひねって考えるしかない。 それからしばらく6人で、あーでもない、こーでもない言いながら、結局自分たちのことをイメージする名前にしようというのは決まった。 そのイメージする単語を、明日香がホワイトボードに書き出していく。 『友達』『幼馴染』『仲間』『親友』『友情』など、思いつく限りの単語を並べていく。 「問題は、この単語をどういう形でグループ名にするかだよね」 僚がホワイトボードに書かれた単語を見て悩む。すると隼斗が、 「明日香さ、英語の特進コースだろ?この単語を英語にできる?」 と言ってきた。 「うん、まあできるけど.....」 すると明日香は単語をどんどん英訳していく。 『friend』『childhood friend』『fellow』『close friend』『friendship』 サラサラと明日香がホワイトボードに書いていく。 それをみてさらに悩んでしまう。 「なんか、どれもいまいちしっくりこないね」 「あんまり長すぎるのもな.....」 またみんなで、うーんと悩んでいると、明日香が「そうだ」と言い出し、単語を書き加える。 『buddy(バディ)』 「あのね、仲間の言い方でもう一つ、buddyっていうのもあるの。仲間とか相棒とかそういう意味」 「仲間、相棒...か。確かに俺たちは、これからデビューして一緒にやっていく仲間であり、助け合う相棒でもあるな」 僚がホワイトボードを見ながらうなずいている。 「簡単で覚えやすいし、イメージにはあってるね」 「もし僕たちにファンとかできたら、その人たちも僕たちを応援する相棒ってことになるね」 「いいねー竣亮!」 「俺もいいと思う」 「私もさんせーい」 その様子を傍らで見守っていた元木が口を開く。 「うん、君たちのイメージにぴったりだし、いいんじゃないかな?」 こうして6人のグループ名は『buddy』と命名された。 「さて、グループ名も決まったし、次は誰をリーダーにするかなんだけど....」 元木がそう言うと、みんなが一斉に僚を見る。全員の視線を受け止めた僚は、 「.........はぁ、そうだろうと思った。やるよ」 とすんなりと了承してくれた。すると元木が付け加えてくる。 「僚がリーダーをするのは、まぁわかっていたよ。でも、1人で背負わせるのは大変だから、もう1人サブリーダーというか、補佐的な人がいた方がいいと思うんだ。誰かいないかな?」 そう言われて僚以外の5人は黙り込んでしまった。すると僚が、 「俺は、明日香にやってもらいたい」 と言い出す。言われた明日香はえっ?と驚いた。 「明日香はしっかりしているし、面倒見もいい。俺と一緒にみんなを引っ張っていけると思う」 そうはっきりと言われた。 「うん、僕も僚の補佐をするなら、明日香が適任だと思うよ。明日香はどう?」 僚と元木に直接指名され、明日香は戸惑ってしまった。 「え.....わたし?」 「うん。明日香がいい」 (ぐっ.......落ち着けわたし....!) これまで幾度となく僚の言葉にやられてきた明日香は、自分にそう言い聞かせて平静を保つようにした。しかし、好きな人からのお願い事は無下にはできない。明日香は仕方なく、 「.......わかった。やります」 と答えた。惚れた弱みに付け込まれたようで、悔しかった。 こうしてグループ名とリーダー、サブリーダーが決まり、デビューに向けて本格的に始動することになる。 デビュー日は12月1日。デビュー曲は、年末放送予定のスペシャルドラマの主題歌になることが決まった。音楽プロデューサーEvanが認めた正体不明の男女混成グループとしても話題になった。また、GEMSTONEが各業界に働き掛けた結果、デビュー直後から大きな仕事が次々と入ってきている。 こうして6人は、高校1年生の冬、人生の大きな転換期を迎えた。
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