39. バレンタインデー

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39. バレンタインデー

デビューから2か月後の2月。世間はバレンタインデーで賑わっていた。 「ねーねー明日香、今年のバレンタインどうする?」 「そうだねぇ...去年は受験で手作りできなかったから、久々に頑張って作ろうか」 「賛成!」 木曜日のレッスン終了後、女子更衣室で着替えながら、明日香と深尋はバレンタインデーの相談をしていた。 「でもさ、今年は作る数が圧倒的に増えたから、いつもより頑張らないとね」 明日香はそう言いながら、どれくらい作ればいいか考えていた。 まずはおなじみの僚、隼斗、誠、竣亮の4人。そして、男性マネージャーの元木さん、林さん、中川さん、女性マネージャーの清水さん。ダン先生に透子先生。Evan先生。あと、市木くん。あ、忘れてた、お父さん。それ以外のスタッフの皆さんにもと考えると、ざっと見積もっても30くらいは必要になりそうだった。 「うへー、大仕事だよー」 「ね、深尋。バレンタインデーは日曜日だから、土曜日にうちに泊まりに来て作らない?そのままレッスンにも行けるし」 「えっ、いいの⁉」 「うん。お母さんには言っておくから」 やったー!と手を挙げて喜ぶ深尋。久しぶりにチョコを作ることに、明日香もワクワクしていた。 そしてバレンタイン前日の土曜日。深尋は藤堂家に来ていた。 2人は何を作るか相談した結果、男子4人と元木さんには3号サイズのガトーショコラケーキ、その他の人にはチョコのカップケーキを作ることにした。 そして、明日香と深尋がキッチンを使っている間、隼斗と藤堂父はキッチンへの立ち入りが禁止された。 「ねぇ、2人とも。本命チョコは作らないの?」 藤堂母がケーキ作りをしている2人に質問をする。 「お母さん、何?突然」 「だってさ、年頃の若い娘2人が一生懸命作っているのが義理チョコ、友チョコなんて悲しすぎない?」 そう言われて2人とも苦笑いしか出てこなかった。 「そういえば明日香、夏にお祭りデートした男の子とはどうなったのよ?」 ゴホッと明日香はむせ返る。 「ち、ちょっと、お母さんっ。わたし男の子と一緒なんて言ってないっ」 「あら、そう?でも、顔に書いてあったわよ。デートって」 「明日香ぁ....おばさんにバレバレじゃん」 深尋があきれている。 すると、キッチンの磨りガラスになっている扉がドンドンドンと叩かれ、見ると父親らしき姿が映っていた。そして、 「明日香!デートってどういうこと⁉お父さんは聞いてないよ⁉どこの誰⁉」 と1人叫んでいる。そしてその声を聞いて隼斗がリビングから出てきて、 「父さん、大丈夫だから!明日香はちゃんとそいつのこと振ったから、心配しないで」 と余計な情報をぶっ込んでくる。それを聞いて父は、 「ホントか⁉隼斗!」 と喜び、母は、 「なんでそんなもったいないことするのよ!」 と嘆いた。 とにかく藤堂家は騒がしい。一人っ子の深尋は、それがとても羨ましかった。 そして、ケーキを作り終えた時には、父親と隼斗がうるさかったので、2人にはその日に渡してしまった。 明日はレッスン日なので、僚、誠、竣亮の分と、元木さんをはじめとするスタッフの分を持っていくことにした。 翌日、明日香と深尋と隼斗は3人で駅に向かっていた。いつも深尋は自宅からバスで事務所まで行くため、こうして駅で待ち合わせてみんなで行くのはとても新鮮だった。 「なんだかドキドキするー」 「元木さんにケーキを渡すのがか?」 「違う!それもあるけど......でも、いまはみんなで事務所に行くことに、ドキドキしてるの!」 「そんなことかよ。ただ電車に乗るだけだろ」 「隼斗には当たり前でも、私には当たり前じゃないのっ」 「もう、2人ともケンカしないでよ」 いつも通り、隼斗と深尋の言い合いを仲裁しながら駅前に着く。すると、駅前のバス停に立っている僚とショートカットの女の子・牧がいた。 「あ、明日香......」 「......あの子、市木くんが言ってた僚の彼女......」 明日香は2人の姿を見て立ち止まってしまった。 「でも、僚は違うって言ってたんでしょ?」 「........違うとは言ってないよ。デートじゃないって言っただけ」 夏祭りの日に、僚とあの子が一緒にいた時、僚は確かにそう言ってた。 だから明日香は、ずっとあの子が僚の彼女だと思っている。 すると隼斗が、 「僚!」 と名前を呼び、僚と牧の元へ行こうとする。 「ちょっと、隼斗っ」 明日香が止めようとすると、 「はっきりさせたほうがいいだろ」 と明日香を振りほどいて行ってしまった。隼斗が行ってしまったので、明日香と深尋も仕方なくついていく。 「隼斗。明日香、深尋も.....」 「何してんの?僚の彼女?」 隼斗は不躾な物言いをする。すると僚がはっきりと答える。 「彼女じゃないよ。クラスメイト」 「ふーん.....」 そう言いながら僚の手元を見ると、小さなかわいらしい手提げ袋を持っていた。それは明日香と深尋からも見えていた。 (僚の彼女じゃないんだ.....それでも、わたしが友達以上ではないことは変わらない.....) 明日香はこの子の存在が何であれ、結局結果は変わらないことにまた胸が苦しくなる。 「あの....葉山....」 牧は隼斗の圧に押されたのか、おどおどしている。 「ごめん牧。こいつは藤堂隼斗、こっちは隼斗の双子の姉の明日香、そして新井深尋。みんな俺の幼馴染」 僚は牧に自分たちを紹介する。すると牧が、 「あの、牧 有紗(マキアリサ)です」 と名前だけの簡単な自己紹介をする。すると僚が、 「牧、ごめん。俺いまから、隼斗たちと出掛けないといけないんだ。だから....」 と駅に向かおうとする。すると牧が、僚のコートの袖を掴んで訴える。 「待って、葉山っ。わたしどうしても......」 「うん、ごめん。前にも言ったけど、牧とは付き合えない」 隼斗たちを前にしても、牧に対しはっきりと告げる僚。そして、 「行こうか」 と3人に言って改札へ向かって歩き出した。 明日香は牧の様子が気になり、ちらっと後ろを振り返る。すると牧は自分の袖で涙をぬぐって泣いていた。 明日香は僚が牧からの告白を断った場面を見ても、ちっとも嬉しくなかった。だって、自分と牧の立場が同じだから。牧は勇気を出して告白したけど、自分にはその勇気がない。牧のように泣いていたのは、自分だったかもしれない。そう思うと心が痛んだ。 改札を通り駅の構内で誠と竣亮を待つため、ベンチに腰かけた。すると僚が、 「ごめん。気まずいところを見せて」 と謝ってきた。それに対し隼斗が、 「僚のそういうのは慣れてるけどさ、クラスメイトなんだろ?」 「うん。まぁ......」 「ねぇ、僚ってモテるのに、なんで彼女作らないのー?」 深尋が久しぶりにぶっ込んでくる。その質問に隼斗と明日香がぎょっとするが、言われた当の本人は少し考えて、 「俺.....付き合うって、どうしたらいいかわからないんだ。それが好きでもない子に言われると、余計になんで?って思うというか.....」 と、いつもの僚らしくないものの言い方で、3人ともびっくりした。 「なぁ、もしかして僚って、初恋も......?」 おっかなびっくりしながら隼斗が聞いてみる。 「.....悪いかよ」 そういって、顔を赤くしながら口元を腕で隠す。 まさかこのモテ男がこんな純情ボーイだなんて....と、3人は言葉が出てこなかった。 そのあと誠と竣亮と合流し、事務所へ向かう。 事務所についたあと、僚、誠、竣亮にガトーショコラケーキを渡す。 「明日香、深尋、ありがとう」 「うわーこれ作ったの?すごいね!」 「ありがと」 三者三様にそれぞれ喜んでくれた。明日香は、自分の気持ちは伝えられないけど、喜んでくれるだけで十分だと感じていた。 そして、ダン先生や透子先生、マネージャーたちにも渡すと、みんな喜んでくれた。 最後に深尋から元木へケーキを渡す。 「深尋、明日香、毎年ありがとう」 「へへへっ。元木さんの分は、他のものより愛情たくさん込めたからねっ」 深尋は、はにかみながら元木に笑顔を向ける。 元木はそれを複雑な気持ちで受け止めるしかなかった。 その翌日、明日香はいつものショッピングモールで市木と待ち合わせをしていた。1日遅れのバレンタインのチョコカップケーキを渡すためだ。 モールの中のコーヒーショップで市木を待っていると、 「明日香ちゃん、ごめん!遅くなったっ」 と、息を切らせながら市木が店に入ってきた。 「市木くん、そんなに急がなくて大丈夫だよ」 「だって、早く会いたかったからさ~」 いうだけ言って、市木はコーヒーを注文しに行った。 「はい、これ。1日遅いけど」 明日香が市木に、きれいにラッピングされた包みを渡す。 「うわ~.......マジでうれしい.......手作り?」 「うん。深尋と一緒に作ったの」 「そっか~。もちろん、葉山にも渡したんでしょ?」 「うん、隼斗と同じものをね。毎年あげてるよ」 「ふ~~~ん」 市木は意味深にニヤッとする。 「葉山もたいしたことないな」 「どういうこと?」 「明日香ちゃんから本命チョコすらもらえないからさ」 市木の言葉に詰まってしまう。 「.......それは、私の都合で、僚のせいじゃないよ......」 「優しいね、明日香ちゃん」 「意地悪だよね、市木くん」 市木と2人で会うと、いつもこんな雰囲気になる。でも明日香は、それが思いのほかイヤではなかった。
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