57. 行く年来る年 後編

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57. 行く年来る年 後編

「あけましておめでとうございます」 年が明けた1月2日。 誠は美里の家に招かれ、美里の両親に新年の挨拶をしていた。 「はい、おめでとう。崎元くん、いつも美里が世話になってるね」 そう話すのは美里の父だ。 誠はこの日初めて、美里の父親と顔を合わせて話をしている。 「もう、お父さん。そんな怖い顔していたら、誠くんが緊張しちゃうでしょ」 美里の母が、気を遣って誠の緊張をほぐそうとしてくれる。 自宅の和室に通され、そのテーブルの上にはおせち料理の他に、フライドチキンやピザなども置かれていた。 それを挟んで誠の正面にいるのが父親で、その横に母親が座っている。 誠の隣にはもちろん美里がいて、美里と母親の間には美里の兄京平(キョウヘイ)がいた。 「崎元くん、すまんな。職業柄こういう顔なんだ。気にするな」 一応、父親も気を遣ってくれてるらしい。 「あ、いえ。おれ......僕も、いつも美里さんにはお世話に......」 「プッ....誠、無理すんなって、いつも通りの話し方でいいって」 いつもと様子が違う誠がおかしくて、京平がついついバラしてしまう。 「もうっお兄ちゃん、からかわないで。誠くんも、いつも通りで大丈夫だよ。食べられたりしないから」 「.......ああ、わかった」 美里と京平にそう言われて、やっと緊張がほぐれてきた。 「崎元くんは、お酒は飲めるのか?」 みんなで食事が始まると、父親が聞いてきた。 「先月二十歳になったばかりで、まだそこまで飲めるわけではありません」 「そうか.....京平は弱くてなぁ、話にならん。これから崎元くんに付き合ってもらおうと思ったんだがな.....」 父親はわかりやすく落ち込む。 「ごめんな、誠。ふがいない長男で」 「いえ.....まぁ、そうっすね.....」 いつもの誠らしい返事をすると、美里がクスッと笑った。 「しかし、崎元くんは身長も高いし、ガタイもいいが、何かスポーツでもやっているのか?」 誠はこの質問をされて、ドキッとする。 この美里の父との対面が決まった時から、全て話そうと決めていたことがある。誠は覚悟を決めて返事をする。 「中学の時はバスケ部でした。でも、高校以降は部活動はしていません。あとは、小学5年から今もですが、ずっとダンスをしています」 美里の家族は、ダンスをしていると聞いてキョトンとしている。 「ダンスっていうのは......」 「バレエとか、社交ダンスみたいな.....?」 母親と京平は思いつくことを言うが、どれも違う。父親は、誠の話を黙って聞いていた。 「えっと.....見せた方が早いと思うので、いいですか?」 そう言って誠は自分のスマホを取り出し、みんなと共有しているレッスン動画を探す。最近のものは、明日香がいなくて5人のものばかりなので、明日香を含めた6人の動画を見せることにした。 誠は京平を父と母の間に来るようにお願いし、3人の真ん中にスマホを置いて、京平に再生ボタンを押すように言う。 その動画は、グランピングの時に美里と市木に見せた時に大絶賛された『Sapphire』の動画だった。 「え.....ここにいるのが誠?」 「あらぁ、すごいわね誠くん」 母親と京平は第一印象の感想を述べた後、また動画に見入っている。 「誠、これって結構有名なグループの曲だよな」 「はい。buddyというグループです」 「そうそう!なんかテレビとか、街中でもよく聞くんだよな、このグループの曲。ずっと耳に残るから覚えているよ」 京平にそう言われて、誠は思わず、 「ありがとうございます。うれしいです」 と答えた。 「.......え?ありがとうございます?」 美里の家族は、誠がお礼を言う理由がわからなかった。 そして誠の口から、正直に打ち明けられる。 「はい。その動画に映っている6人が、京平さんの言った『buddy』で、俺はそのメンバーの1人です。これは、美里さんも知っていることです」 誠はまっすぐ前を向いて話す。すると、これまでずっと黙っていた美里が、補足してくる。 「あのね、誠くんとはデビュー前からお付き合いしてて、デビューしたあとbuddyは、情報のほとんどを非公開にしたの。それで、お父さんにも、お母さんにも、お兄ちゃんにもこれまで言えなかったの.....」 その後しばらく沈黙が続く。誠は、この時間が途方もなく長く感じた。 「......ということは、誠は芸能人で歌手っていうこと?」 ここでやっと京平が口を開く。 「はい、そうです。いまはまだ自分たちの顔や年齢などは公表されていませんが、正式にデビューしています」 美里の母親は両手を口に当て、言葉が出てこない。対して父親は、誠の様子を鋭い眼光でじっと見ていた。 「でもさ、なんでそんなこといま打ち明けたの?まずくない?」 京平は驚きもあるが、心配の方が勝ったようだ。そういうところは、美里にそっくりだった。 「まずくないとは言いません。事務所にバレたら問題になると思います。でも、それでも、美里さんの家族には知ってほしかったんです」 誠は父親の目をまっすぐに見つめ、両手をぎゅっと握りしめて、己の気持ちを奮い立たせる。 「私たちに知ってほしかった理由を聞いてもいいか?」 それまで黙って話を聞いていた父親が、誠に尋ねる。 「はい.....。俺は、これからも美里さんと将来を共にしたいと考えています。ですが、この歌手という仕事はとても不安定な仕事で、いまこの瞬間はよくても、明日にはどうなるかわからないような仕事です。そして、俺は美里さんと同じくらいbuddyのメンバーも大切なんです。彼らは小学校からの幼馴染で、とても大切な友人で仲間なんです」 誠は緊張しながらも、自分に正直に伝える。 「その仲間と一緒に、歌って、踊って、俺たちが楽しんでいる姿を見てもらいたい。そして、美里さんも一緒に幸せにしたいと考えています。これから俺たちは顔も名前も公表していきます。そうなると、美里さんのこともいろいろ言われるかもしれません。ですが、俺が必ず美里さんを守ります。なので、そうなる前に、俺の口から美里さんの家族へ伝えたかったんです」 誠は、自分の気持ちを自分の言葉で精一杯伝えた。これで、これから先の交際を反対されたときには、許してもらうまでとことん話そうと覚悟していた。 誠の話を聞いて、ふぅ.....と父親が一つ息を吐く。 「崎元くん、君が美里との交際に真剣なことも、歌手活動を本気でやっていることもよくわかった。しかし.......」 何を言われるんだろう.....と、誠はゴクッと息をのむ。 「しかし、さっき自分でも言ってたように、君たちの仕事は人気商売だ。人気がなくなっても食っていかなきゃならん。その時にどうやって美里を幸せにするんだ?」 それは、子を持つ親としては当然心配することだろう。 それをわかっているから、誠も自分がどうするべきなのか、どうしたいのか考えた。 「もし、歌手活動が出来なくなっても、ダンス講師や振付師などで生計を立てるつもりです。いま、事務所でお世話になっているダンスの先生にも相談して、そういう道もあることを教えていただきました。美里さんを守る準備は、もう始めています」 誠がそう話すそばで、美里は静かに涙を流してた。こんなに真剣に自分のことを考えてくれているのかと、とても嬉しかった。 母親や京平に至っては、そんな誠に笑顔を向けていた。 その様子を見て父親も、口の端を上げて少し笑みが零れる。 「崎元くんの気持ちは分かった。だがしかし、2人ともまだ学生だ。ちゃんと大学を卒業して、その時になったらまた、挨拶に来るといい。それなら、わたしはもう何も言わんよ」 「.......はいっ。ありがとうございます」 誠は3人に向かって深くお辞儀をする。 誠の話が終わった後は、母親と京平から質問攻めにあう。 「まさか、誠が歌手だなんて思わなかったよ。そんなに不愛想で大丈夫なのか?」 「まあ、他のメンバーがおしゃべりなので、そっちに任せています」 やっぱりなーと、京平が笑う。 「美里は他の人に会ったことあるの?」 母親に聞かれて、美里はグランピングで撮った写真をほら、と家族に見せる。 「あらぁ、みんな仲良さそうねぇ」 「うん、みんな仲良くしてくれてるよ。この隼斗くんと竣亮くんは、高校1年の時に同じクラスだったし、葉山くんはしっかり者で頼りがいがあって、この隣の市木くんは、buddyじゃないけど私と同じようにみんなを応援してるよ。明日香と深尋ちゃんとは、たまに女子会とかしてるんだけど、いま明日香が留学中で最近はやってないんだ」 「へぇっ留学。すごいわね」 「うん、誠くんもそうだけど、本当にみんなスゴイの。歌もダンスも上手くて、かっこいいし、かわいいし。誠くんのおかげでみんなと仲良くできて、わたしにとっても大切な人たちなの。だからわたしは全力でbuddyを応援するの。これからもずっと」 美里のその言葉を聞いて、誠は嬉しさが込み上げてくる。こんな時はいつも美里を抱き締めるのだが、いまは家族がいるので出来ない。なので、あとでたくさん抱き締めようと思った。 「あと、そのすみません。今日お話ししたことは、12月1日まで誰にも話さないでいただけますか?」 誠にそう言われて、家族はなぜ?と疑問に思う。 「今年の12月1日に、僕らの情報を全て公開する予定なんです。なのでそれまでは......」 「そうかわかった。今日のこの話は誰にも言わない。約束する。わたしは警察官であり、刑事だ。秘密は必ず守る。もちろん、お母さんも京平もだ」 そう言ってくれて誠は安心した。 とりあえず、今言える全てのことを伝えられたと思う。今後の交際を反対されることもなかったし、大学を卒業したらすぐにでも挨拶に来たいぐらいだ。 それほど誠にとって、美里の存在は大きいものになっていた。 こうして、誠がこれまで生きてきた中で一番長くて、緊張した正月が終わった。
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