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60. 約束
隼斗が高校の時に付き合っていた長瀬芽衣と再び交際を始めて2週間。
今日は、芽衣に大事な話があると言って、みんなで忘年会をしたあの全席個室の創作ビストロで待ち合わせをしていた。
大事な話というのは、もちろん、buddyのことだ。
高校の時には、芽衣にも一切伝えていなかったことだが、いまはそういうわけにはいかない。
今年中にはbuddyの全ての情報が公開される。だから、芽衣に話さないわけにはいかなかった。
今日は明日香を除く他の4人にも来てもらう。だから、大事な話や内緒の話をするのにはうってつけの、あの創作ビストロで待ち合わせをすることにした。
隼斗は、店の前で芽衣が来るのを待っていた。しばらくすると、
「藤堂くん、ごめんね。道、間違えちゃって.....」
急いできたのだろうか、少し息を切らしながら、芽衣がやってきた。その姿がなんともいじらしくて、かわいくて仕方なかった。
「大丈夫だよ。みんな来ているから行こう」
そう言うと隼斗は、ごく自然に芽衣の腰に手をまわし、エスコートする。
それに対して芽衣はドキンと胸が高鳴った。
「ごめん、みんな。お待たせ」
隼斗が芽衣を個室の席へ案内する。するとそこには、芽衣が知っている顔が3人と、知らない顔が1人いた。
「長瀬、竣亮と誠は知ってるよな?」
「あ、うん。崎元くんとは2年の時で、国分くんとは3年の時に同じクラスだったから.....」
芽衣はこの2人と会うことを隼斗に聞いていたので、あらかじめ卒業アルバムや記念写真で確認していた。
「うん、久しぶり。あ、でも、同窓会でちらっと見たかな?」
竣亮は覚えていたようだ。対して誠は、
「すまん。全然わからん」
まあ、大方の予想通りだ。
「あと、この間会った深尋と、その隣にいるのが葉山僚だよ」
芽衣は僚を紹介されて、息をのむ。
(あの合コンらしき食事会の時に、散々話題になっていた葉山くんが、この人なんだ.....)
紗英のあの様子からして、相当モテる人なんだろうと予想していたが、本当にかっこいい人だなと思ってしまった。
芽衣は思わずじっと僚の顔を見てしまった。
「あ...あの、初めまして。葉山僚です.....長瀬さんとは、大学が同じなんだよね?」
僚は、なんで俺の顔をそんなに見るんだ?と思いながらも、話しかけてみる。
「あ、はい。わたし、看護科の2年なんです.....」
僚はなんとなく、芽衣が自分を見ている理由がわかった。
隼斗から芽衣と付き合い始めたことを報告された時、そのきっかけとなった合コンで起こった、水掛け事件のことを聞いていたからだ。
「あの、隼斗から聞いていたんだけど、あの日は嫌な思いをしたみたいで....」
僚にそう言われて、芽衣も思い出す。
「あ、いや、あれは完全に村上さんが悪いので。葉山くんが来なかった八つ当たりを藤堂くんにしただけですし、それ以降わたしも、あまり関わらないようにしているんです.....もともと、付き合いで行ったので.....」
芽衣の話を聞いて、隼斗もその状況を思い出したのだろう。怒りがふつふつと湧いてきた。
「それにしても僚さ、なんであんな女ばっか寄ってくるんだ?」
「俺に言われても.....」
「誰にでも優しくするからじゃない?」
そばで話を聞いていた深尋が、ズバッと言う。何気に僚の胸に刺さる。
「誠みたいにさ、美里ちゃんのことばっかりーみたいになっていると、そんな変な女は寄ってこないよ」
「お、深尋、ありがとうな」
「褒めてはないけど.....」
「お前、明日香がいてもそんなことしてたら、目も当てられんぞ」
「わかってるよ......」
明日香の名前を聞いて、芽衣は隼斗に尋ねる。
「藤堂くん。そういえば、その藤堂くんのお姉さんは.....?」
「あれ?俺、言ってなかったっけ?明日香はいまカナダに留学中で、5月の末に帰ってくるんだ。だから帰ってきたら長瀬にも会わせるよ」
隼斗は自分のポケットからスマホを取り出し、操作する。
「あと、明日香に長瀬のことを話して、今日みんなに紹介することも話したんだ。そん時に明日香の写真を見せてもいいって言われたから、はい。これが俺の双子の片割れ」
隼斗が見せたスマホの画面には、ロングヘアで透き通るような肌の、目が輝いているきれいな女性が1人写っていた。
「うわぁ......すっごいきれいな人だね。同級生に思えない......」
よく見ると、目元や口元など細かい部分が所々隼斗に似ている。
「藤堂くんにも似ているね」
「そりゃあね。双子だから」
最近は明日香がいないことで出ていなかった、隼斗のシスコンパワーがいままさに湧き出ているようだった。
「芽衣ちゃん、これだけは覚えていてね。隼斗は信じられないくらいのシスコンだから。もしそれに我慢できなくなったら、わたしに言ってね」
芽衣は深尋にそう言われて、キョトンとする。
(ホントにこの2人って何もないんだ.....)
隼斗からもはっきりと聞いていたものの、どこか不安になっていたのだろう。深尋からもそういう言葉が聞けて、やっと安心できた。
「おいっ深尋。俺はもうシスコンを卒業するんだ。長瀬がいるからな」
今度は隼斗にそう言われて赤くなる。
すると、その様子を見ていた僚が呆れたように漏らす。
「うちのグループの大男2人がデレると、それはそれでなんというか.....」
僚は見たことのない隼斗のデレ顔に困惑していた。
「とまあこんな感じで、明日香を入れた6人が幼馴染でずっと一緒なんだ」
「みんな、本当に仲がいいんだね」
「うん、よく言われる」
隼斗から一通り紹介されたし、あとはご飯を食べるだけ....と芽衣は思っていた。しかし、そこから隼斗の口調が少し堅いものになったのを感じた。
「あのさ、長瀬。大事な話があるって言っただろ」
「うん。それって、みんなを紹介することじゃないの?」
「それも関係あるんだけど、これから話すことは絶対に誰にも言わないって、約束してくれるか?」
隼斗だけでなく、さっきまでニコニコしていた他の4人でさえ、真剣な顔になって芽衣を見つめている。
何を言われるかわからない芽衣は、その5人の雰囲気に飲まれ、
「わかった。約束する」
と答えるしかなかった。
それから隼斗は、スカウトされた経緯から、buddyとして活動していることを芽衣に全て打ち明けた。
芽衣は隼斗から聞かされた話が、夢なのか現実なのかわからず、頭がぼーっとしてしまっていた。
「.....えっと、つまり、藤堂くんは、高3の時に私と付き合っていた時は、すでにデビューしていたってコト.....?」
「.....そうなるな。あの時は黙っていてごめん.....」
「それで、いまはみんな同じマンションで暮らしているの.....?」
「うん。部屋は別々だけどな。今度長瀬も来る?」
「隼斗、その話は2人だけの時にしろ」
僚が隼斗に釘を刺す。すると深尋が芽衣に提案してきた。
「芽衣ちゃんさ、誠の彼女の美里ちゃんは知ってる?」
芽衣は誠の彼女と聞いて、すぐにピンとくる。
高校時代の有名カップルだったからだ。
「あ....同じクラスになったことはないけど、顔だけは知ってるよ」
「あのね、わたしと明日香と美里ちゃんと、たまに女子会をしてるんだけど、今度芽衣ちゃんにも来てほしいなー」
芽衣は、まさか深尋からそんなことを言われるとは予想できずに驚いた。
「え....でも、わたしが参加しても....いいの?」
「いいよー。当たり前じゃん。しかもさ、そういう時にこそ、普段言えない彼氏の愚痴を言うんだよ」
深尋がニヤリと笑うので、芽衣もおかしくなって、
「そうだよねっ。ぜひ参加させてっ!」
と、2人で笑い合った。
それを見て、隼斗と誠、そしてなぜか僚もこの女性たちを敵に回したくないと思ってしまった。
「そういえば深尋、お前この間の木南ってやつとどうなった?」
何の前触れもなく隼斗に急に言われて、深尋は飲んでいたカルピスサワーを吹きそうになり、ゲホゲホとむせる。
「え....木南?木南って、木南光太郎のことか?」
「そういえば、僚も知ってるんだったな。そうだよその木南」
「なんで深尋が木南と......?」
僚は深尋から何も聞いてなかったらしく。隼斗も自分のことばっかりで、深尋のことは何も言ってなかった。なので僚は、なぜ深尋と高校の同級生の木南が知り合ったのかわかっていなかった。
「深尋、僚に言ってなかったのか?」
「言ってないよっ」
隼斗は、はぁとため息をついて僚の方を向く。
「この間の合コンの時、水掛け女が帰った後、深尋から電話があって、ご飯を食べてなーいっていうのを市木が聞いていて、あいつが急遽呼び出したんだよ。その時にその木南もいて、深尋のことを気に入ったみたいでさ。一緒に帰ったし、どうなったかな....と」
深尋の代わりに隼斗が全て説明してくれた。当の本人は、ダンマリを決め込んだようで、なんにもしゃべらない。
「深尋、木南に何かされたのか?」
何もしゃべらない深尋を心配して、僚が聞いてみる。
「.....なんにもされてないよ.....」
さっきまでの元気が嘘みたいにおとなしくなっている。
「でも、お前のその態度、何かありましたって言ってるようなもんだぞ」
「深尋が言わなくても、どうせ市木がバラしてくるんだからな」
「深尋、この2人に隠し事は無理だよ?」
「観念しろ」
4人の男が一斉に深尋に詰め寄る姿を見て、芽衣は(これが番犬といわれる所以か)と納得してしまった。
深尋は誠の言う通り観念して、あの日の帰りのことを正直に話す。
「あの日、光太郎くんが送ってくれるっていうから、マンションに帰るわけにいかなかったから、実家に送ってもらったの.....」
深尋が「光太郎くん」と呼んだことに対して、僚はぴくっとなる。
「その日以降、電話とかメールとかほぼ毎日やりとりしてて.....」
「それで?」
「今度、映画見に行こうって言われて.....僚、どうしよう?わたし、デートなんかしたことないから、わかんない.....」
深尋は小学校の時からずっと、元木だけを好きでいたので、男の子とのデートなんかしたことがない。男子4人とそれぞれどこかへ行くことはあっても、それはデートではない。
ましてや、今度の相手は深尋のことを気に入っている男性だ。
天真爛漫の申し子の深尋でも、緊張するのは当然だった。
「相手は木南か.....まあ、あいつは市木のような遊び人ではないし、女性に対しては誠実な奴だと思うから、行って来たらいいんじゃないか?」
意外にも木南に対する僚の評価は高いようだ。いや、市木が低すぎるのかもしれないが......。
「僚がそういうなら大丈夫じゃねえの?お前もこれでやっと、次に進めるだろ」
隼斗も深尋の背中を押す。2人の言葉を受けて、深尋も覚悟を決めた。
「......うん。わかった。がんばる」
深尋は二十歳にして人生初デートをすることになった。
その日の夜。
マンションに帰ってきた深尋は、木南へ電話をかけていた。
数回のコールののち、プツッとコール音が切れて、木南の声がする。
『もしもし、深尋ちゃん?』
「あ.....こんばんは.....」
『めずらしいね。深尋ちゃんから電話して来るなんて。どうしたの?』
「.....あの、この間光太郎くんが言ってた映画のことなんだけど.....」
『一緒に行ってくれるの?』
「..........うん。行きたい........」
『ふっ......わかった、今度行こうか』
木南からすれば、深尋なんて簡単に落とせると思われているかもしれない。
けれど、それでもいろんな経験をすることはいいことだと、自分に言い聞かせた。
深尋はもう一歩前に進むことが出来た。
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