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61. 深尋の初デート 前編
2月になったばかりのとある日。
僚と隼斗は、市木にいつも行く居酒屋に呼び出されていた。
店に入ると、そこには市木以外に木南も一緒にいた。
「葉山、久しぶりだな。藤堂くんも、先日はどうも」
「ああ、久しぶり」
「隼斗でいいよ。それで、なんで俺まで呼ばれたんだ?」
隼斗は、高校も大学も違う自分が呼ばれるのは、違和感しか感じなかった。
「俺さ、番犬くんに月イチで会わないと、寂しいんだよね。だから呼んだ」
「気色ワルイからヤメロ」
隼斗は本気でイヤそうな顔をする。
「というのは冗談で、番犬くん、俺に報告することがあるだろ?」
早く言えとばかりの顔をしている市木に、隼斗は嫌々ながらも報告する。
「......長瀬と付き合ってるよ」
それを聞いた瞬間、市木は顔を綻ばせて隼斗を見る。
「ねぇ、ねぇ、それは誰のおかげかな~?」
「はあ?」
「あの合コンに誘ったのは誰?」
「.....市木」
「芽衣ちゃんと席を向かい合わせにしたのは?」
「.....市木」
「一緒に帰るようにしたのは?」
「...........お前」
隼斗は本当のことだから我慢しているものの、市木のどや顔にだいぶイラついていた。
「お前じゃなくて、将来の君のお兄さんだよ。隼斗くん」
その一言に素早く反応するのはやっぱり僚だった。
「おいっ!市木、調子に乗るなよっ」
「誰がお兄さんだっ。いい加減諦めろっ!」
相変わらず市木は、この2人にケンカを売ることが楽しいらしい。
隼斗と僚に睨まれても、ケラケラ笑っていた。
その様子を見ていた木南が、
「葉山と市木って、本当に女の子の取り合いしてるんだね。そんな葉山を見たことがなかったから、なんか新鮮だな」
と正直な感想を言う。
「木南、市木が深尋を狙わなくてよかったな。こいつだいぶしつこいから、牽制するのも、追っ払うのも大変だよ」
僚は、市木が本当の意味で明日香をあきらめてくれないと、安心できないと思っている。だから、市木が何か言うたびについつい反応してしまう。
「葉山が大変そうなのはよくわかったよ。それじゃあ僕は、誰にも遠慮せずに深尋ちゃんを落としに行ける、ってことでいいんだよね?」
木南は僚と隼斗に改めて聞いてみる。
「まあ、お前が本気なら、俺たちは別に反対しないよ」
「そうだな。前にも言ったけど、傷つけることだけはしないでくれ。ただそれだけだ」
僚も隼斗も、深尋が元木にずっと恋をして傷ついてきたことをわかっているから、心配するし、前に進もうとしている深尋を応援したくなる。
「うん、わかってる。傷つけることはしないよ」
「あとあいつ、俺ら以外の男と出掛けるのなんて初めてだと思うから、手加減してほしいというか、その心づもりでいてほしい.....」
隼斗がそう告げると、木南はびっくりした顔をする。
「え?でも、今までの彼氏とか......」
僚も隼斗も、そうだよな.....そう思うよなと思ったが、木南には知っていてほしくて話すことにした。
「深尋は、誰とも付き合ったことないよ。今まで1度も」
それを聞いて、木南だけでなく市木も驚いている。
「それ.....本当?」
「こんなこと嘘つかないよ」
「あまり急に距離を詰めると、あいつびっくりして固まるかもしれん。だから、手加減してほしいって言ったんだ」
僚と隼斗からその話を聞いて、最初に深尋に会った時のことを思い出す。
あの時のあの態度や反応は、本当にどうしていいかわからなくなって、ああいう態度を取っていたんだと思った。
木南はてっきり、深尋が初対面の男の前でかまととぶっているのかと思っていたが、そうではないらしい。
「葉山、隼斗、ありがとう。デートに行く前に、2人の話を聞いていて良かったよ。危うく違う対応をするところだった」
違う対応と言われて、2人ともえっ?となる。
「おい、まさか1回目のデートで手を出そうと.....?」
「まさか、そんなわけないでしょ。市木じゃあるまいし」
「うおいっ!俺だってそんなことしないわっ!」
しかし、市木のその言葉を信じる者は、この場には誰もいない。
すると、僚が真剣な顔で木南に聞いてきた。
「あのさ、もし、木南がそういうのが重いなって思うんなら、変に期待させずに友達で終わってほしいんだ......」
深尋の恋愛経験値が少ないことが、木南にとってプレッシャーになるなら、今のうちに手を引けと僚は言いたかった。
それを木南も汲み取ったのだろう。僚にきちんと返事をする。
「大丈夫だよ葉山。別に重いとは思わないし、それなりに時間をかけていくよ。深尋ちゃんのペースでね」
それを聞いて、僚も隼斗も安心した。
あとは、深尋の気持ち次第だ。
土曜日。深尋は木南と駅で待ち合わせをしていた。
今日は深尋にとっても思い出深い、高校生の頃みんなでよく行ったあのショッピングモールの映画館に行くことになっていた。
深尋が駅の改札を出ると、1か月ぶりに見る木南が立っていた。
「あ、あの、お待たせしました.....」
おずおずと深尋が木南に声を掛けると、
「大丈夫、僕もいま来たところだよ」
とさわやかな笑顔を振りまいてきた。
深尋は、あの4人以外の男性と2人きりで出掛けることが初めてで、昨日の夜は緊張で眠れなかった。
でも、木南が自分に笑顔を見せてくれたので、深尋も自然と笑顔を作ることが出来た。その笑顔に、木南は一瞬で心を奪われた。
映画は午後3時の回を観ることになったため、その前に軽めのランチをとることにした。
高校生の時は、いつもフードコートで集まるのが定番だったが、今日はレストラン街のパスタ屋さんに入ることにした。
「深尋ちゃんは何にする?」
木南がメニューを見ながら聞いてきた。
「んーーーわたし、カルボナーラにする。光太郎くんは?」
「僕はボンゴレにしようかな。飲み物はどうする?」
「ホットココアで」
「うん、わかった」
それから注文をし終えて、一息つく。
すると、木南がじーーっと深尋の顔を見ているのに気付き、深尋は恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
「深尋ちゃん、昨日寝てないの?目が充血しているよ」
「あー....うん。緊張して、あまり眠れなかったの.....」
「どうして緊張するの?」
「あの....笑わない?」
「笑わないよ。教えて」
「わたし、この年になって、デートするのが初めてなの。いつも僚とか隼斗たちばっかりだったから、だから緊張して眠れなくて.....」
葉山の言ってたことは本当だったんだと、思うのと同時に、緊張するほど自分のことを意識してくれているんだと思うと、嬉しかった。
「葉山たちと出掛けるのは緊張しないの?」
「うん、全然。小学校の時から一緒だから、兄妹みたいだし。わたしが一人っ子だから、余計にそう思うのかも」
「じゃあ、なんで僕とは緊張するの?」
木南はどこまで踏み込むか模索中のため、あえて聞いてみることにした。
すると、深尋は困った顔をし、口をもごもごさせながら答える。
「........男の人だから.......緊張する」
深尋にそう言われて、女の子に初めてノックアウトされた。
なんなんだこの子。なんでこんな子が、今まで彼氏もいなかったんだ⁉周りの男は何をしていたんだ⁉
木南はどっぷりハマってしまいそうな予感がして、これ以上自分が暴走しないようにと、心の中で己に言い聞かせていた。
食事が済んでもまだ時間があったので、2人はモール内で時間をつぶすことにした。
洋服を見たり、雑貨を見たりしていると、CDショップの前に来ていた。
「深尋ちゃん、ちょっと寄っていい?」
木南がCDショップに寄りたいというので、寄ることにした。
店内には所狭しとCDが並べられており、木南は洋楽コーナーへ歩いて行った。
「光太郎くんは洋楽をよく聴くの?」
「そうだね。でも、J-POPもよく聴くよ。深尋ちゃんは?」
逆に質問をされるとは思っておらず、どうしようか考えていると、事務所の先輩のRainのCDが目に留まった。
「このRainとかかな」
「そうなんだ。僕はそのグループのことあまり詳しくないな.....」
「結構ね、歌詞がいいんだよ。高校生の頃、アルバムを何度も聴いてたよ」
「アルバムも持っているんだね」
「うん。あ、もしよかったら借りる?あ、でも押しつけがましいかな.....」
木南は深尋の方から、次に会うチャンスをくれたと喜んでしまった。
「深尋ちゃんが良ければ、貸してもらおうかな」
「わかった。また、連絡するね」
そんな話をしながら店内を歩いていると、店の一角にbuddyのコーナーが設置されており、これまで出したシングルCDやアルバムなどがまとめてあり、店員さんが書いた手作りのPOPなどと一緒に紹介されていた。
そこには、ファンクラブイベントで公表された、6人のシルエット姿も切り抜かれており、店側の売りたい気持ちが伝わってくるようだった。
深尋は、自分たちの出したCDが販売されているのをいままで見てこなかったので、こういう風にしてくれてるんだと感動してしまった。
でも、木南に何か言われては困るので、あえてそこを避けて店を出ることにした。
「あ、もうそろそろ時間だね。行こうか」
2人でエスカレーターに乗ろうと向かっている途中に、かわいいアクセサリーショップを見つけた。
(あ、かわいい....見たいけど、時間ないよね)
深尋はショップを目で追いながらも、エスカレーターに乗り、3階の映画館へ向かう。
館内の席に着くと、これから映画が始まる緊張なのか、木南がすぐ隣にいる緊張なのか、深尋は固まってしまった。
(思ったより近い.....)
ちょっとでも動くと、左腕が木南に当たるので、動きたくても動けない。
「深尋ちゃん、どうしたの?」
もぞもぞしている深尋に気づき、声を掛ける。
「ううんっ。何でもない.....」
「本当?遠慮しないで言ってごらん」
上映前ではあるが、映画館の中なので自然と小声になる。そうなると、自然と顔も近くなる。
それに気づいた深尋は、一気に恥ずかしさで顔が赤くなってしまい、つい本音が出てしまった。
「....光太郎くんが、思ったより近くて....どうしていいかわかんないの....」
今度はそう言われた木南の方が固まる。本日2回目のノックアウト。
ヤバイ。1回目のデートで、手を出すわけないと言った自分を殴ってやりたい。これから2時間耐えられるのか?
先週、僚たちの前で宣言した言葉を、すぐにでも撤回したかった。
でもそんな自分を何とか落ち着かせる。
傷つけることだけは絶対にしてはいけない。とにかく、深尋のペースに合わせて進もう。第一に、まだ付き合ってもいないんだから。話はそれからだ。
木南は映画の冒頭が始まっても、1人で悶々としていたので、そのあとのあらすじを理解するのが大変だった。
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