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62. 深尋の初デート 後編
深尋にとっては緊張の2時間。
木南にとっては我慢の2時間の映画が終わった。
映画の内容なんて、ほとんど覚えてない。ただ、ただ、隣の深尋が気になって仕方がなかった。
(思春期の男じゃあるまいし、どうした⁉)
と、戸惑うばかりだ。
木南が前の彼女と別れたのが、1年近く前。彼女からの束縛がひどく、疲れてしまったため自分から別れを切り出した。
当分女の子はいいやと思っていたのに、市木にほぼ強引に連れていかれた合コンで、深尋に出会った。
最初はかわいい子だな、くらいだった。自分がいままで付き合ってきた彼女とは違うタイプだったので、余計に興味が湧いたのかもしれない。
市木や、市木が連れてきた隼斗には親しげにしているくせに、自分には急にもじもじして、声が小さくなる。でもそれは、恋愛経験の少なさによるものだと知ると、自分の中の何かに触れてしまったような感覚になった。
そしていま、深尋のことしか考えられなくなっている。
「光太郎くん、お待たせ」
お手洗いから帰ってきた深尋と再び合流する。
「深尋ちゃん、下のアクセサリーショップに行こうか」
深尋は戻ってくるなりそう言われて驚く。
「さっき、映画が始まる前、行きたそうにしていたでしょう?」
「......いいの?」
「もちろん」
そう言いながら、体はすでにエスカレーターに乗っていた。
深尋は、木南が自分のことを気にしてくれているのが、とても嬉しかった。
アクセサリーショップでは、イヤリングやネックレスを見て回った。
欲しいものはたくさんあるけど、いつも悩んでしまう。以前、隼斗に買い物に付き合ってもらった時は、
「俺、ソファーで座って待ってる」
と言われてしまった。
だけど、木南はずっと深尋のそばにいてくれる。深尋はそれが申し訳なくて、木南に聞いてみる。
「光太郎くん、選ぶの遅くてごめんね.....疲れてない?」
深尋にそう尋ねられると、木南は、
「全然大丈夫だよ。もしよければ、一緒に選ぼうか」
男の人にそんなことを言われると、黙ってうなずくしかない。
木南がこれなんかどう?と、シルバーのオープンハートのネックレスを鏡越しに深尋の首元へあててくる。
すぐ後ろに木南がいるのと、鏡越しに目を合わせたことで、深尋の心臓はガンガンガンガンと早鐘を打つように鳴り響く。
(はわわわわ.......し、心臓がっ.....おかしくなるっ.....!)
自分は1人でわたわたしてしるのに、木南は余裕そうだ。それがまた、なぜか悲しくなった。
(光太郎くんは優しいし、これまでにも彼女とかもいただろうし、わたしみたいな子供っぽい女なんて、興味ないだろうな......)
深尋は自分の頭の中でいろいろ想像しているうちに、憂鬱になってしまった。
「深尋ちゃん、大丈夫?少し休もうか?」
深尋が暗い顔をしているので、木南は心配になって聞いてみる。
「ううん。大丈夫だよ」
明るく振舞っているが、どこか様子がおかしい。何か気に障るようなことでもしたかなと考える。
でも、本人が大丈夫というので、それ以上何も聞けなかった。
それからショッピングモールを出て、木南が予約したというキッシュが美味しいダイニングカフェに向かった。
店内は薄暗く、テーブルごとにろうそくが灯されている、おしゃれなお店だった。深尋はムードたっぷりな雰囲気のお店に、気後れしてしまった。
「光太郎くんは、このお店来たことあるの?」
注文を終え、深尋は気になって聞いてみる。
「僕も初めてだよ。ネットで口コミが良かったから」
「そうなんだ......」
なぜかホッとする。
「深尋ちゃんは、普段どんなお店に行くの?」
木南から逆に質問をされて、うーん....と悩む。
「最近行ったのは、全席個室になっている創作レストランかな。僚が見つけてきてくれて」
「葉山と2人で?」
「違うよー。僚と隼斗と、あと竣亮と誠っていう幼馴染。あと、隼斗の彼女の芽衣ちゃんも。別の日だけど、市木くんも一緒に行ったことあるよ」
「そうなんだ。深尋ちゃんの周りは男の子が多いね」
「うん、言われてみればそうかも。でも、みんな小学校からの幼馴染で、あんまりそういうことを意識したことはないかな」
深尋は木南に正直に話す。それも「バカ」がつくほど正直に。
「深尋ちゃん以外に女の子はいないの?」
「いるよー。隼斗の双子の片割れで、明日香っていうんだけど、わたしの大親友なんだ」
明日香の話をしたとたんに、表情が明るくなる。
感情が全て顔に出る深尋を見て、木南はクスっと笑ってしまう。
「もしかして、葉山と市木が取り合いしている子?」
「うん、そう。でもね、あの3人には3人なりの事情があるみたいなんだー」
「ふーん....葉山と市木なんて、モテ男のツートップって呼ばれていたくらいなのに、その2人を虜にするなんてすごいね」
高校時代の2人を知っている木南からすれば、自分の知らないところで2人がそんなことになっているとは思わず、そっちの方が驚いた。
「光太郎くん、明日香はダメだよ。もう定員オーバーだから」
深尋はないと思っていても心配だったので、木南に一応言っておく。
「ははっ、大丈夫。僕は、葉山と市木と争う気はないよ。それより深尋ちゃんは?いなかったの、そういう人」
明日香の話から一転、自分の話になって、深尋はまた表情が暗くなる。
「.....さっき、デートが初めてって言ったでしょ?」
「緊張して眠れなかったんだよね」
「うん....わたしね、いままで誰ともお付き合いとかしたことがなくって、それで、デートもしたことがなかったの.....」
深尋は、自分の恋愛経験値の低さが恥ずかしくて俯いてしまう。
木南は自分のことを呆れているだろうな....と思った。しかし、
「深尋ちゃん、顔を上げて」
木南の優しく囁く声で、深尋はゆっくりと顔を上げ、木南を見る。
「別に恥ずかしいことじゃないし、深尋ちゃんは深尋ちゃんでしょう?それに僕は、深尋ちゃんの初めてのデートの相手になれて、すごくうれしいよ」
その瞬間、ボンっと顔が赤くなるのがわかった。
その後は、何を食べたか、どんな味がしたのか何もわからないまま、ディナーを終えた。
店の外に出ると寒さのせいで息が白く、深尋は両手にはーっと息を吹きかける。街はキラキラとイルミネーションが輝いており、恋人たちは手をつないだり、腕を組んで歩いている。
「寒いね。タクシーで帰る?」
木南に聞かれて、深尋はどうするべきか悩む。
あっさり帰った方がいいのか、それとももう少し一緒にいたいというべきか。こんなことでも、経験の低さが仇になる。
すると、その様子を見ていた木南が、
「僕は、もうちょっと一緒にいたいなって思ってるけど、ダメかな?」
おねだりするような顔で言ってくる。それに対して深尋は、ブンブンと首を横に振って、
「ダメじゃないよ.....」
と言うだけで精一杯だった。
さっきから木南に振り回されっぱなしの深尋は、キャパオーバー寸前だった。
「深尋ちゃん、手出して」
突然言われて、深尋は左手を木南に出す。
すると、木南が深尋の左手首に何かを付けたようで、冷たい感覚がした。
見るとそれは、十字架をモチーフにしたシルバーのブレスレットだった。
「今日の初デート記念のプレゼント」
「えっ.....でも.....」
「深尋ちゃんに似合いそうだったから、貰って?」
「でもわたし、何も返すものがないよ.....」
深尋がそう言うと、木南がそれじゃあと言って、そのまま深尋の左手を握り、自分のコートのポケットの中へ入れてしまう。
「僕へのお返しはこれでいいよ」
木南のコートの中でつながれた手は、真冬なのに熱かった。
キャパオーバー寸前の深尋は、完全にキャパオーバーになった。
深尋の実家までゆっくり歩いて1時間。その間、ずっと手を握ったままだった。さすがにコートに手を入れっぱなしだと汗をかくので、いまは外に出しているが、それでも汗をかくくらい左手だけは熱かった。
「あの、光太郎くん。今日はありがとう....いろいろ良くして貰って」
家が近くなってきて、もうすぐお別れの時間。
深尋は今日一日のお礼を言っておこうと思った。
「どういたしまして。楽しかった?」
「うん、ドキドキしたけど、楽しかった」
ここにきて天真爛漫が出てくる。それを木南は聞き逃さなかった。
「ドキドキしてたんだ?」
しまった、と深尋は思ったが、もうここは素直になろうと決めた。
「うん。朝、光太郎くんの顔を見た時から、ずっとドキドキしてたよ....」
はい。本日3回目のノックアウトいただきました。
もう認めよう。その方が楽だ。木南はそう思った。
「ねぇ、今度はどこに行きたい?」
「え?.........」
深尋は思わず歩いていた足が止まる。それと同時に木南も立ち止まって、深尋を見つめる。
「今度のデート。深尋ちゃんが行きたいところに行こう?」
今日一日、木南はずっと深尋に優しかった。どんなに恋愛経験値が低くても、それが好意であることは深尋にもわかる。
でも深尋は、元木への拗らせた長い片思いしか経験がないので、この先に進んでいいのかどうかわからなかった。
そして、それをどう説明したらいいのかもわからなかった。
「あ、あの.....」
「うん、どうしたの?」
「あの、わたしね、ずっと好きな人がいて、ずっと片思いしてたんだけど、全然相手にされなくて、それで、もうその恋は自分の中で終わりにしたの」
突然始まった深尋の過去の告白を、木南は黙って聞いている。
「だけど、新しく恋をするって、どうしたらいいのかわからなくて.....それで、その.......また、光太郎くんとデートしてもいいのかわかんなくて.....」
自分で言ってて恥ずかしいが、わからないものはどうしようもない。
こんなこと木南に言うべきではないかもしれないが、聞けるのが木南しかいなかった。
木南は握っている手を、ぎゅっと握りなおして深尋に聞いてみる。
「今日一日、僕といて、その人のこと思い出したりした?」
そう聞かれて、深尋は振り返ってみる。
「あ......何も思い出さなかった......」
今日だけではなく、なんならデートするのが決まった日から、木南のことだけ考えていて、昨日は眠れなかったほどだ。
前はあんなにも元木のことばかりだったのに。
「深尋ちゃんがその人のことを思い出さなかったのなら、それはそれでうれしいよ。その上で僕と次に進んでみようか」
「次.....?」
「うん、そう。本当はもうちょっとゆっくり進めたかったんだけど、どうも無理っぽいから.....」
「無理って何が........」
「深尋ちゃん、好きだよ」
木南にそう言われて、深尋が顔を上げると、木南は優しい目で深尋を見つめていた。
「出会ってから日は浅いけど、僕は君を離したくない。そう思うくらい、深尋ちゃんのことが好きなんだ」
木南は優しいけれども、本気の目をしている。
本気なのはわかるのに、どうしても聞いておきたいことがあった。
「わたし....あまり恋愛は上手じゃないよ?」
「うん、いいよ。わからないことは一緒に勉強しよう」
「あと、わがままだよ?」
「うん、大丈夫。僕が全部受け止めるから」
「あと、あと、わたし、一度好きになったらしつこいよ?」
「うん、僕もしつこいからお互い様だね」
どんな言葉を投げかけても、木南は優しく返してくれる。
深尋は、この人となら次に進んでもいいんだと思った。
「僕と付き合ってくれる?」
もう一度木南に聞かれる。深尋は静かに首を縦にコクンとする。
その返事を受けて、木南は深尋の耳元で呟いた。
「ありがとう深尋ちゃん。これから大事にするね。よろしく」
そして、頭の上に口づけをする。
深尋は恥ずかしさと、戸惑いで、口をパクパクさせて言葉が出ない。
その顔を見ていると、ますます帰したくなくなる。
はぁ......ダメだ、ダメだこれ以上はっ.....!
恋愛初心者の深尋に合わせるために、木南の我慢はまだまだ続く。でも、その我慢も深尋のためと思えば、そこまでつらくはなかった。
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