55人が本棚に入れています
本棚に追加
65.「おかえり」と「ただいま」
月日は流れ、5月31日。
僚たち5人と、元木、そして藤堂姉弟の両親は、1年前と同じように空港に来ていた。
でも今日は別れのために来たのではない。
明日香が1年間の留学期間を終えて、帰ってくるのだ。
一行は、到着口から明日香が出てくるのを、いまか、いまかと待っていた。
「なんだよ、おっせーなー」
「隼斗、焦りすぎ。もうちょっと落ち着いたら?」
なかなか出てこない明日香を待ちわびて、じりじりとした時間が過ぎていくのがもどかしい。
僚は、電話で仲直りをしたとはいえ、顔を合わせるのは1年ぶりだ。
しかもいまは、自分の明日香への気持ちも自覚しているため、実際に明日香に会うとどんな気持ちになるのか、自分でも想像がつかない。
そうして待つこと30分。到着口の自動ドアが開くたびに、違う、違う、と落胆していた。
また、自動ドアが開く。外国人観光客の家族連れだろうか、楽しそうに出てきた。そして、よく見るとその後ろに、ロングヘアの日本人がいる。
「.......‼明日香ーーーーーっ‼」
明日香の姿を見つけるなり、深尋が駆け寄っていく。
「深尋っ.......‼」
明日香が気づいて名前を呼んだ時には、深尋が抱きついていた。
「うぅーーーーっ明日香ぁ......会いたかったよーーーーーっ」
「うん.......うん.......深尋、わたしも会いたかった.....」
抱きあう2人の元に、みんなも集まってくる。
「おら、深尋。邪魔になるだろ」
隼斗がそう言って、無理やり引き剥がす。
「もうっ、引っ張んないでよ」
「ふふっ、2人とも相変わらずだなぁ」
明日香は、隼斗と深尋の小競り合いすら愛おしく感じる。それほど寂しかったのだろう。
「おかえりなさい、明日香」
「ただいま、お父さん、お母さん」
「よく頑張ったな。今日は家に来るんだろう?」
「うん。そうさせてもらおうと思ってる」
「遠慮するな。好きなだけ居ていいんだぞ」
藤堂父は、明日香と離れて暮らすのがよっぽど寂しかったのか、ついついそんなことを言いがちだ。
「明日香、おかえりなさい」
「元木さん、ただいま。あと....ありがとうございました」
明日香は元木に向かって、お辞儀をする。
「どうしたの?急にあらたまって.....」
「わたしのわがままで、1年も留学させてもらって、本当に感謝しているんです」
そう言われて元木はフッと笑う。
「わがままだなんて思わないし、思う必要もないよ。それにね、明日香にはこれから1年分のレッスンが待っているからね。頑張ってもらうのはこれからだよ」
そう言うなり不敵な笑いを浮かべる元木に、明日香はゴクッと息をのんで、
「わかりました.....がんばります......」
と答えた。
「明日香おかえり」
「元気そうだな」
竣亮と誠も声を掛けてくる。
「うん、ただいまっ。寂しかったけど、風邪は引かなかったの。だから元気だけは有り余ってるよ。ただ時差ボケが......」
「それは仕方ないよ。無理しないで」
「うん、ありがとう」
そして竣亮の右側、明日香から見て左側に僚が立っている。
1年ぶりに目を合わせた2人。
元木と藤堂姉弟の両親は何やら話し込んでいて、こちらのことを気にしていない。僚と明日香以外の4人は、2人の様子を見て緊張してしまう。
「おかえり......明日香」
僚は久しぶりに明日香の目を見て声を掛ける。
「た...ただいま......」
明日香はなぜか少し恥ずかしくて、すぐに目を逸らしてしまう。
でも、すぐにまた僚を見て言う。
「僚、1年間グループを抜けてごめんね。またわたし、頑張るから」
明日香は、サブリーダーの自分が抜けたことを負い目に感じ、僚に謝罪する。
しかし僚は、その負い目を感じさせないよう、明日香に笑顔を向ける。
「別に気にしてないよ、大丈夫。無事に帰ってきてくれて、ありがとう」
僚は明日香を抱き締めたくてしょうがなかったが、我慢して明日香の頭をポンポンとする。それに対して明日香は微笑み返すだけだった。
しかし他の4人は(はぁぁぁ.....じれっっったい‼)とむず痒さを感じていた。
明日香はこのあとマンションへは帰らず、ひとまず実家で2~3日過ごすつもりだ。留学の疲れや時差の調整など、誰かの手伝いが欲しいと思ったからだ。
1週間後には大学も通常通り行かなくてはならないため、それまでにすべてのコンディションを整えようと思っていた。
それなのに、なぜか隼斗まで実家に泊まると言い出したので、帰りは藤堂父の運転する車に、家族4人で乗って帰ることになった。
「じゃあ、元木さん。事務所には後日、ご挨拶に伺いますね」
車にキャリーケースを積み込み、出発する直前、明日香が元木に言ってきた。
「ああ、みんな会いたがっていたから、顔を見せにおいで」
「はい。あと、みんなも、今日はわざわざ来てくれてありがとう」
明日香はここで別れる僚、竣亮、深尋、誠にも声を掛ける。
「明日香、あさってみんなでご飯に行く予定だから、空けといてな」
僚にそう言われて明日香はピンとくる。
まだ会ったことのない隼斗の彼女と、深尋の彼氏に会えるんだとすぐに分かった。
「うん、楽しみにしてる。それじゃあね」
そうして藤堂一家の車は先に出発していった。
明日香は久しぶりに実家の自分の部屋へ入る。
部屋のベッドは明日香が帰るために、母親が新しく整えてくれたようだ。そのベッドに座り、空港でみんなと再会した時のことを思い出す。
空港で両親に会い、元木に会い、深尋、隼斗、誠、竣亮に会い、そして久しぶりに僚と目を合わせた。
僚を見た瞬間の自分の気持ちは、思っていたより落ち着いていて、以前のように胸が締め付けられたり、苦しくなることはなかった。
やっぱりこの1年、距離をあけたことは無駄じゃなかったと思った。自分の中で確実に、僚への想いが浄化されていることを感じられた。
だからといって、他に恋人を作ろうとか、恋をしようとは思わなかった。
想いの届かない恋ほどつらく、苦しいものはなく、あんな思いをするくらいなら恋なんかしなくてもいいと考えていた。
「大丈夫......大丈夫......」
明日香は自分にそう言い聞かせていた。
夜7時にお風呂から出ると、時差のせいで眠くてしょうがなかった。
リビングでは隼斗がテレビを見ており、明日香も起きるためにそこへ座るが、急激な眠気がやってくる。
「明日香、眠いのか?」
「うん.......だって、この時間向こうは深夜だし.......」
あくびをしながら、目をこする。
「寝るか?」
隼斗がクッションをポンポンと叩いている。
「ううん、いい。起きてる......」
口では起きてると言いながら、明日香は隼斗が準備したクッションに頭をうずめて眠ってしまった。
空港の帰りにみんなでご飯を食べ、マンションの部屋に帰ってきた僚は、部屋の明かりをつけて、冷蔵庫から缶ビールを1本取り出し、ゴクリと一口飲む。
スマホを見ながらソファーに座ると、隼斗からメールが届いていた。
それを開くと画面に現れたのは、自宅のソファーで眠る、明日香の寝顔の写真だった。
突然、好きな女の子の寝顔を見せられて、僚は飲んだビールでむせてしまう。
その写真には、隼斗からひと言添えられていた。
『早くしないと、取られるぞ』
「はぁ......言われなくてもわかってるよ......」
そう言いながら、また寝顔の写真を見る。
愛おしい。僚は生まれて初めて、そんな感情を抱く。
空港で明日香に再会した時、深尋がしたように抱き締めたいと思った。
その顔、唇、手、頭の先から足の先まで、全てに触れたいと思った。
もう二度と離れていかないように、どこかへ閉じ込めてしまいたいと思った。
早くこの想いを伝えないと、自分の中で想いが溢れて、溺れてしまいそうになる。
とにかく、早く伝えよう。自分の口で、自分の言葉で明日香に告白する。
僚はそう決心した。
_____________________________________________________
読んでくださった皆さまへ
おもしろい、続きが気になるなど、この作品が気に入っていただけましたら、ぜひ一番下の「スターで応援」をポチっと押していただけるとありがたいです!
本棚へ追加していただけると、なお嬉しいです。
皆さまからのスター&ペコメ&スタンプが創作活動の励みになりますので、ぜひ応援よろしくお願いいたします。
最初のコメントを投稿しよう!