66. 全員集合

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66. 全員集合

留学から帰ってきた2日後。 今日は、空港で僚が言っていた、みんなでお食事会をする日。 「明日香ー。俺、彼女迎えに行ってから向かうし、先に出るな」 隼斗が明日香の部屋の前でそういうと、部屋の中から明日香が出てきて、 「いいけど、わたしお店の詳しい場所聞いてないよ?」 と、困惑した様子。にもかかわらず、 「あ、大丈夫だよ。6時になったら迎えが来るから。じゃあな」 隼斗は言うだけ言って、トントントンと階段を降りて家を出てしまった。 (隼斗のやつ、彼女が出来た途端これ?)と、明日香は内心不服だった。 とりあえず、残りの4人のうち誰かが来てくれるんだろうと思い、明日香は仕上げのメイクに取り掛かる。 隼斗が出て行った30分後、玄関のチャイムが鳴り、母が対応する声が聞こえてきた。 (あ、来た!)明日香はバッグを持ち、すぐに1階に降りる。 「明日香。僚くんが迎えに来たわよ」 「........え?」 「明日香、準備できた?」 玄関を見ると、黒のテーラードジャケットに白のTシャツ、黒のパンツというシンプルな装いの僚がひとりで立っていた。 「あ、うん。僚ひとり?」 「そう。竣亮は学校終わりに直行するって言ってたし、あとはほら、それぞれ......」 そう言われて納得する。隼斗は彼女と、深尋は彼氏と、誠はもちろん美里と。 「俺ひとりじゃ、ご不満でしたか?」 僚が意地悪っぽく言ってくるので、明日香は、 「まさかっ、そんなっ」 と、一生懸命否定する。その2人のやり取りを藤堂母は側でずっと、ニヤニヤしながら見ていた。 「はい、いってらっしゃい!」 母に送り出されて、僚と2人で駅へ向かう。 それはなんだかとても新鮮な気持ちだった。 今日のお店は和食料理の居酒屋さんで、人数も多いため、掘りごたつの個室を用意してもらった。 僚と明日香が到着した時には、他の全員が揃っていた。 個室のふすまを開けると、 「あーっ!やっと主役が来たー!」 「明日香ちゃ~ん‼会いたかったよ~‼」 早速、深尋と市木が騒ぎ出す。 「ご、ごめん、お待たせ。市木くん、久しぶり」 僚と明日香は靴を脱ぎながら、みんなに挨拶をする。 「明日香ちゃんは、俺の隣ねっ」 そう言って、市木が自分の隣の座布団をポンポン叩く。するとそこにすかさず僚が座る。 「明日香、ここ」 僚はそのさらに隣に明日香を座らせる。位置的には、木南、深尋、明日香、僚、市木の並びだ。その向かい側に、隼斗、芽衣、美里、誠、竣亮と座っている。 「ちょっと、葉山。早速邪魔してくれるね」 「当たり前だろ。お前の隣にだけは絶対にしない」 僚と市木がバチバチにやり合っているのを、向かい側に座っている誠と竣亮は生温かく見守っていた。 「かんぱーーーい!」 総勢10名の「明日香お帰りなさい会」が始まる。 「明日香、紹介する。俺の彼女の長瀬」 隼斗に紹介された芽衣は慌てて、 「あ、あのっ、初めまして。長瀬芽衣です」 とかしこまって挨拶する。 「こちらこそ初めまして。隼斗の姉の明日香です。同級生だから、気軽に名前で呼んでね。わたしも芽衣って呼ぶから」 明日香にそう言われて「はいっ!」と、芽衣はすっかり明日香のファンになっていた。 「明日香ぁ、わたしも紹介するね.....」 深尋は初めてできた彼氏を、明日香に紹介する。 「初めまして、木南光太郎です。葉山と市木とは高校と大学が一緒で、市木とは同じ医学部なんだ。よろしくね」 「初めまして。藤堂明日香です。あの、深尋のこと、よろしくお願いします」 明日香はお母さんみたいだなと思いながらも、木南にお願いする。 「うん、心配しなくても大丈夫だよ。ね?」 深尋の顔を覗き込むように木南が同意を求めると、深尋の顔が一瞬で赤くなる。明日香はなぜか、見てはいけないものを見た気がした。 「明日香、だし巻き卵食べる?」 隣の僚がそう言ってくるので、 「食べたいっ!わたしちょうど、ダシに飢えていたのっ」 明日香が食い気味に言うと、僚はフッと微笑んで「わかった」と、小皿にだし巻き卵をのせて明日香に渡す。 「明日香、よっぽど日本食に飢えてたんだね」 向かい側に座る美里が、だし巻き卵を美味しそうに食べる明日香を見ながら言ってくる。 「もうね、和食全般だけど、特にお米のない生活がどんなにつらかったか.....!」 「向こうはお米って流通してないの?」 「してるけど圧倒的に量が少ないし、それに、日本のお米の方がおいしいに決まってるじゃないっ!」 「だからお前、朝も昼もおにぎりばっか食べてたのか?」 「うん。お母さんのおにぎりサイコーだからね」 明日香は隼斗に向かって、親指を立ててグッとする。 そのやり取りを見て、芽衣はおかしくて笑ってしまう。 「なんかおかしかったか?」 隼斗が不思議そうに聞くと、 「ううん。明日香って、美人なのに気取ってなくて優しくて、癒されるなぁって思ったの。藤堂くん、いいお姉さんだね」 隼斗は明日香を褒められて喜び、逆に明日香は恥ずかしくなってしまった。 「ね~ね~明日香ちゃ~ん。俺のことも忘れないで~」 僚を挟んだ向こう側から、市木が顔を出してくる。 「ごめん市木くん、忘れてたわけじゃないんだけど......」 「こんな奴、忘れていいのに」 「いまの聞いた⁉明日香ちゃんっ。葉山って、ひどいよねっ」 「はははっ.......」 この感覚久しぶりだなぁと、なぜか感慨深くなる。 すると今度は木南が笑っている。 「光太郎くん、どうしたの?」 「いや、話には聞いていたけど、実際に葉山と市木がバトっているのを見るとさ、おかしくて......」 木南からしたら高校時代から、遡ると中学校から、学校では有名なモテ男子の2人が、1人の女性を取り合っているのを見るのが不思議で、楽しくてしょうがなかった。それが、よく知っている奴らだからなおさらだった。 「あ、明日香。おにぎりあるけど、注文する?」 今日は、僚が妙にかいがいしく世話を焼いてくれるなぁと思いながらも、いまの明日香がおにぎりの誘惑に勝てるわけもなく、僚が開いていたメニューを一緒に覗き込む。 「シャケと、おかかと、梅かぁ。悩むなぁ」 「でも、明日香が一番好きなものは......」 「「梅!」」 2人でメニューの梅を指さししてクスっと笑顔になる。 以前の明日香だと、こんな風に笑い合うことなんて出来なかっただろう。それが出来るようになったのが、とても嬉しかった。 その様子を見ていた芽衣は、隣にいる美里にこそっと聞いてみる。 「ねえ、あの2人ホントに付き合ってないの?」 「うん.......そうなんだよね。わたしもずっと付き合ってるんだとばかり思ってたんだけど.....」 「お似合いなのにもったいない」 それは芽衣と美里以外の全員(市木を除く)が思っていることだった。 「ところで明日香ちゃんっ!深尋ちゃんに見せてもらった写真の、青い目の王子様とはどういう関係⁉俺、ずっと気になって、気になって、しょうがないんだけどっ」 唐突に市木に言われて、明日香は誰のこと?とわからなかった。 「ほら、明日香。この写真だよ」 深尋が見せたのは、留学中の校外学習で訪れた、カナダプレイスというフェリーターミナルやホテル、商業施設が立ち並ぶエリアで撮影された1枚の写真だった。それを見て明日香は、 「ああ!これね?この人はルカっていう友達だよ?」 「友達⁉向こうでは、その距離が友達の距離なの⁉」 明日香には市木がなぜ驚いているのか、全くわからない。その様子を見て、深尋が手助けをする。 「ほら、日本では異性の友達と、こんなに肩を抱き合って、頬まで合わせて写真なんてあまり撮らないでしょ?市木くんはそれを言ってるんだよ」 そこまで言われて、なるほど!と理解した。 「やだな市木くん。そもそもこれを撮ってくれたのは、ルカの恋人のハリスだったから、わたしは何とも思わなかったんだ。ごめんね、説明不足で」 そこで市木は、ん?となる。 「その王子様の名前がルカくんで、恋人がハリス?」 「そうだよ。ほら」 そう言って明日香が見せたのは、先ほどと同じ場所で撮られた写真だが、写っていたのはあの青い目の王子様と、少し色黒の東洋系の男性が写っている写真だった。しかも、ハリスがルカの頬にキスをしている写真だった。 「あ......そういうこと......」 市木はそこで全て理解した。 いまは自由に恋愛が出来る時代だ。日本でも少しずつ浸透してきているものの、海外に比べるとまだまだその理解度は低い。 留学中に様々な国の人達と交流を持った明日香にしてみれば、それは当たり前の光景であった。 「ほんと、お前は騒ぎ過ぎだよ」 「葉山、知ってて黙ってただろ」 「それがどうした。お前に教えてやる義理はないだろ」 「明日香ちゃんっ!葉山ってちょ~性格悪くない⁉」 「はははは.......はぁ.......」 明日香の乾いた笑い声を聞いて、周りのみんなは「かわいそうに.....」と、同情するしかなかった。 夜9時をまわって、そろそろお開きにしようかという頃、深尋が思い出したように言い出した。 「そうだ!明日香さ、もうちょっと落ち着いたら、今度は女子会しようよー」 女子会と聞いて、明日香は急に元気になる。 「いいねっ、やろう!」 「新しく芽衣ちゃんも加わったしねっ」 明日香と深尋ににっこり笑いかけられて、芽衣は少し引いてしまう。 「え.....でも、ホントにわたしが参加してもいいの......?」 「当たり前じゃない!美里もそう思うよね?」 明日香に同意を求められた美里も、芽衣を見て同じように誘う。 「もちろん。それにね、明日香の料理めちゃ美味しいよ」 「そうそう。ポテトサラダなんか絶品だよー」 「隼斗の好物だしね」 芽衣は、3人に言われては参加しないわけにはいかないと決めた。 「ありがとうっ!わたしにもポテトサラダ教えて?」 「いいよっ!藤堂家直伝の味を教えてあげる」 そうして次回の女子会から、4人になることが決定した。 「いいなぁ~女子会。俺も混ぜて~?」 「市木くんは絶対にダメ」 市木は深尋から断固拒否される。 「なんで、俺も、誠も、木南も参加しないのにお前が参加するんだよ。そもそもお前、女子じゃねーだろ」 隼斗が正論をぶつける。 「だってさ、普段は野郎ばっかで飲んでるからさ、たまにはさ.....」 「あれ?お前、この間看護科の先輩と.......」 「わーーーっ!わーーーっ!木南っ‼お前はいつからそっちの味方なんだ⁉」 市木は木南の口を塞いでしまいたいのに、反対側にいるためそれが出来ない。 「僕は、いつでも深尋ちゃんの味方だよ」 そう言って笑う木南と、 「看護科の先輩って......」 と、同じ看護科の芽衣の冷たい視線にさらされる市木だった。 店を出ると、夜9時半になっていた。 「みんな、ほんとに今日はありがとうございました」 明日香は、自分のために来てくれた仲間や友人にお礼をする。 「わたしが、明日香に早く会いたかったから来ただけだよ」 「うん。ありがとう美里」 「じゃ俺、美里を送っていくから」 そう言って誠と美里は帰っていった。 「明日香、俺も長瀬を送っていくから」 「うん、わかった。芽衣も女子会よろしくねっ」 「楽しみにしてる。おやすみなさい」 そうして隼斗と芽衣も行ってしまった。 「じゃあ、深尋ちゃん帰ろうか。送っていくよ」 「いいの?」 「もちろん。イヤ?」 「イ、イヤじゃないよっ」 暗い中でもわかるくらい、深尋の顔は赤くなっている。 「明日香、明日にはマンションに帰ってくるんだよね?」 「うん、午後からだけどね。掃除しないといけないし」 「わかった!明日、学校終わったら手伝いにいくよー」 「ありがとう。木南くん、深尋、お願いね?」 「うん、任せて」 そうして深尋と木南も帰っていった。 すると突然竣亮が、 「市木くんっ、僕ともう1軒いかないっ?」 普段出さないような大きな声で市木を誘う。 「......竣くん、何を企んでるの?」 じとーっと竣亮を見る市木。一方竣亮は、目が泳いでしまっている。 しかし、それに気づかない明日香は、 「竣亮も明日、授業があるんじゃないの?」 と、心配する。 「明日は午後からだし、それに、市木くんに相談したいことがあるから.....」 最後の方はだんだん声が小さくなっていく。 その竣亮を見て市木は、 「わかった。竣くん、付き合うよ」 そう言って歩き出そうとする。しかし、くるっと振り返って、 「葉山、これは貸しだからな」 と、僚に言い捨てて、竣亮と共に帰っていった。 最後に僚と明日香が残る。 みんな帰ったなーと思っていると、 「明日香、帰ろうか」 と僚が言ってきた。 「う、うん....僚、送ってくれるの?」 「ん?そうだよ」 「行くときも、お迎えに来てくれたのに?」 明日香はなんだか申し訳ないと思い、僚に尋ねる。 「俺がしたいからしているだけだよ。気にしないで」 そう言うと、明日香を歩道の内側に寄せて歩き出す。 「まだ電車あるけど、どうする?」 「あ、うん。電車でいいよ.....」 明日香は一瞬、留学に出発する前の気持ちに戻ってしまったような気がした。 でも本当にそれは一瞬で、すぐに綿あめのように消えてなくなった。 そして2人は駅へと向かって歩き出した。
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