buddy ～絆の物語～

67. 思い出の河川敷

2人が実家のある風見市の駅についた時には、すでに午後10時をまわっていた。
周りの建物の電気も消え、薄暗い街灯が点々とついている道を、藤堂家に向かって歩く。
「明日香、ちょっと寄り道していかないか？」
僚にそう言われた明日香は、
「いいけど、どこに？」
と不思議に思う。この辺りは住宅しかなく、夜遅くまでやっている店などないのにと思いながら僚についていくと、見覚えのある場所へたどり着いた。

小学校の時に、6人で毎日のように遊んでいたあの河川敷だ。
2人で土手に続く階段を上ると、目線の先には風見川があり、右手には大鳥橋が見える。目の前には河川敷が広がっており、一気に子供の頃に戻ってしまう。

「うわぁ、懐かしいね」
「うん。俺も久しぶりに来た」
2人で河川敷を眺めながら、しばらく思い出に耽る。
風見川には、住宅から漏れる明かりがキラキラと反射して、街灯が全くない河川敷を明るく照らしている。

「いまも、もちろん楽しいけどさ、何が楽しかったかって言われたら、やっぱりここで遊んでいた時が一番楽しかったなって、思うんだよな」
と、僚がつぶやく。
「あの頃はみんな無邪気で、遊ぶことしか考えていなかったからね」
「そうだな。悩みなんかなくて、ただみんなと遊んでいるのが楽しかったから、余計にそう思うんだろうな.....」
明日香は、僚がなぜ思い出に浸るようなことを言うのかわからなかった。だから、聞いてみた。

「僚、何かあったの？」
「え？何かって......？」
僚は明日香に見つめられて、ドキッとする。
「なんか今日の僚、いつもと違うというか......」
「いつもとどう違う？」
明日香はうーーんと少し考えて、今日一日を振り返ってみる。

「なんか、いつも優しいんだけど、さらに優しいというか.....あと、こんな風に思い出に浸っているところとか....？」
明日香にそう言われて、僚は大きく息を吸って言葉に出す。
「俺が特別に優しくしたいと思うのは、明日香だけだよ」
「.......え？」
僚は明日香に向き合う。つられて明日香も僚の方を見る。
「思い出の中で一番最初に蘇るのも、明日香の笑った顔だよ」
僚にまっすぐ見つめられて、明日香は久しぶりに胸の鼓動が早くなっているのを感じる。何か言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
すると僚は、明日香の両手をぎゅっと握る。それでも視線は明日香を見つめたままだ。

「俺、明日香はずっと俺のそばにいて、当たり前だと思っていたんだ。明日香は何も言わないのに、なぜかそう思って甘えていた。だけど、留学が決まって明日香と1年も離れ離れになることがわかったとき、焦ったんだ」
「うん.....前に電話でもそう言ってたね」
明日香の留学から半年後、僚からの電話で2人は仲直りをしていた。
「焦っただけじゃない。虚しさ、悲しさ、後悔が全部一気に押し寄せてきたんだ......」
明日香は僚の独白を黙って聞いている。
「そして、その気持ちの正体に気づいたのは、明日香が留学して1週間経ってからだったんだ」
その瞬間僚は、明日香の両手をさらに強く握り、先ほどよりも強いまなざしで見つめてくる。
明日香は握られた両手の感触を感じながらも、僚から目を離せなくなっていた。そして、僚はゴクッと息をのんで自分の言葉で伝える。

「俺、ずっと明日香のことが好きだったんだ。いまもずっと、明日香のことが好きで......本当にどうしようもないくらい好きで、もう二度と離れたくないんだ。だから.....ずっと俺のそばにいてほしい.....」

僚にそう言われた瞬間、明日香は頭の中が真っ白になった。
いま僚が言った言葉を理解するのに、頭が追い付かない。
（僚が.....わたしを......好き......？）
1年前まで、聞きたくても聞けなかったその言葉を、いま自分の目の前で言葉にしている。

でも明日香は、どうしても確認しておかなければならないことがあった。
「で、でも.....僚は、わたしのこと.....友達以上に見てないって......」
明日香をずっと苦しめていたその言葉を、言った本人にぶつける。
「あの時はまだ、自分の気持ちに気づいていなかったんだ。ガキだったんだよ。でもいま思えば、俺はとっくに、明日香のこと友達以上に見てたんだ。あの時は傷つけてごめん.....」
眉間に皺を寄せ、僚が苦しそうに謝罪する。それを見た明日香の目から、決壊したダムのように涙が溢れる。

「ヒドイよ......僚。わたしは....ずっとその言葉に......苦しめられて.....きたのに......いまさら...すきっ.....だなんて.....っ！」
明日香がいままでの思いをぶつけると、僚は明日香を強く抱き締める。
「うん......ごめん......本当に、ごめん.......どれだけ謝っても、謝り切れないけど.....俺のこの気持ちは嘘じゃないよ.......」
僚にそう言われても、明日香の涙は止まらない。ひたすら僚の胸の中で泣いている。そんな明日香を僚はずっと抱き締めていた。

しばらくして明日香が落ち着くと、僚が明日香の顔を覗き込む。するとその顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、美人が台無しになっていた。
僚は、左手で明日香の後頭部を支え、右手でポケットからハンカチを取り出し、明日香の涙を優しく拭う。すると、目を真っ赤にした明日香と目が合う。
「また、泣かせちゃったな.....ごめん」
「また......？」
「うん.....隼斗に聞いたんだ。明日香はずっと俺のことで泣いていたって」
その瞬間、明日香は恥ずかしくなって俯いてしまう。その明日香を、再び僚は優しく抱き締めた。
「隼斗を怒らないで。俺が偶然聞いてしまっただけだから」
明日香の右耳からは僚の心臓の音、左耳からは僚の少し低くて優しい声が聞こえ、気持ちはあっという間に1年前に戻ってしまった。

「明日香は、俺を忘れるために留学するって聞いたんだけど......もう俺のことは好きじゃない？」
僚に抱き締められながら、耳元でそんなことを言ってくる。
「僚......ズルいよ......」
「うん.....ズルいと思う。でも、俺も必死なんだ.....明日香をつなぎとめたくて。じゃないと、すぐに誰かに取られるから......」
「もし、好きじゃないって言ったら.....？」
「もう一度好きになってもらえるようにするよ」

僚にそう言われて、正直嬉しかった。それと同時に、この数年間のつらい思いのせいで、恋に対して臆病になっていることも事実だった。
「でも......もし、僚と上手くいかなくなって.....別れたりしたら、今度こそ立ち直れないよ......誰かに恋して、傷つくのが.....怖いの.....」
明日香の悲痛な思いを聞いて、僚は胸が締め付けられる。
「ごめん.....明日香。こんなに傷つけて、本当にごめん.....でも、俺はもう、明日香がいないと、無理なんだ。誰にも渡したくない.....もう傷つけないって約束する。だから.......」
僚は右手で明日香の頭をなでながら、耳元で囁く。

「明日香、愛してる。俺の最初で最後の恋人になってくれないか」

ここまで言われて、自分も素直に認めるしかないと思った明日香は、はぁ....と大きく息を吐き、
「うん....」
と小さな声で返事をする。
それを聞いた僚は、さらに強く明日香を抱き締めて、
「もう離さないし、誰にも渡さないよ？」
と言うと、明日香から、
「うん。僚も離れないでね。あと、わたし以外の誰のものにもならないで.....」
と言われる。すると、ここまで我慢していた僚は、
「明日香、キスしてもいい？」
と聞いたかと思うと、そのまま明日香の顔に近づき、唇が触れるだけのキスをする。唇を離すと、明日香の顔が真っ赤になっていて、それが可愛くて、たまらずもう一度キスをする。今度は角度を変えながら、深く、長く、お互いの唇が溶けるんじゃないかと思うくらいに、何度も、何度も唇を重ね合わせる。
「はぁ.....っ」
息をするのも忘れるほどのキスをして、2人はやっと唇が離れる。

「ふっ......俺のファーストキス、明日香にあげたから」
僚がニヤッと笑ってそう言うと、明日香も堪らず、
「わ、わ、わたしだって.....初めてだったし.....っ！」
と、妙な対抗心で僚に告げる。

「でもさ明日香、市木に奪われそうになってただろ？」
僚にそう言われても、明日香は何のことかわからなかった。
「留学前に、公園で」
僚に言われて、はっと思い出す。
「み、み、見てたのっ⁉」
「学校帰りに、たまたま......めっちゃショックだったな.....」
僚は、明日香と自分のおでこをこつんとくっつける。
「あの時はしてないよ⁉寸前で止めたしっ....市木くんにも、今度したら絶交するって言ったからっ.......！」

焦って言い訳をする明日香が可愛くて、また僚は触れるだけのキスをする。
「うん、大丈夫。わかってるよ。あのあと、隼斗と2人で市木をシメといたからさ」
「そうなんだ........」
すぐに誤解が解けて安心したけど、今度はいまのこの状況が恥ずかしすぎて、心臓が持たない。

なぜなら、僚はずっと自分の腕の中に明日香を閉じ込めたまま離そうとせず、唇だけではなく、おでこや髪の毛、こめかみからほほなど、ありとあらゆるところにキスをしているからだ。
「......僚、わたし....恥ずかしすぎて....」
「ん？なんで？」
「なんでって......」
僚が恋人に対してこんなに甘くなるなんて、誰が予想できただろうか。
心の準備が欲しかったと明日香は思った。

「明日香は俺のものって、マーキングしておかないと、すぐ手を出す連中がいるでしょ？」
「連中って、そんなのいないよ.....」
「それは、明日香が知らないだけ。いままでは隼斗が全部追っ払っていたからね。でもあいつも彼女が出来たし、今度から明日香を守るのは俺の役目だから」
それからまたぎゅっと明日香を抱き締める。
そして明日香は僚の耳元で、
「僚、わたしもずっと大好きだよ。これからも」
そう言うと、僚の耳が真っ赤になっていた。

2人のすれ違った想いに、ようやく大輪の花が咲いた。
その花は秋になっても冬になっても枯れることなく、永遠に咲き誇る花になるだろう。

翌日の朝。
明日香が起きると、隼斗もマンションへ帰るため、部屋で荷造りをしていた。
「隼斗、おはよう......」
「おはよ。どうした？」
いざ、報告しようと思うと、恥ずかしくて言い出せない。
「あ、あのね.......」
「なんだよ？僚に告白されたんだろ？なんて返事したんだ？」
明日香は、隼斗が知っていたことにびっくりする。
「え？.....えぇっ？知ってたの⁉」
隼斗はこいつマジか.....と、少し呆れる。

「市木以外、全員知ってたよ」
「ええっ⁉そうなの⁉なんで.....？」
「なんでって、僚に協力してほしいって言われたから、だから帰りに2人だけにしたんだろ」
「そうだったんだ......」
だからみんなさっさと帰ったのかと、今さらながら思う。

「で、返事は？もちろんOKしたんだろ？」
「うん....」
「.....ふっ、よかったな明日香」
「うん、ありがとう隼斗」
その返事を聞いて隼斗も安心する。
「もし僚に泣かされたら俺に言えよ？ぶっ飛ばしてやるから」
「ふふっ、うんわかった。ないと思うけど、覚えとく」
「なんだ？おいっ、早速惚気てんのか？」
「惚気てなんかないよー。隼斗と一緒にしないでっ」
そう言って2人で話していると、1階から母親が呼ぶ声が聞こえてくる。
「ほら、お父さん会社に行くから、行ってらっしゃいくらい言ってあげて」
2人が階段を降りると、玄関先にはスーツを着た父親が寂しそうに立っていた。

「明日香ぁ.....ホントにマンションに帰るの？」
「うん.....大学も、事務所も、向こうの方が近いし.....」
「そうかぁ......」
父親はいまにもいじけてしまいそうな様子で、明日香を見る。
すると母親が、
「もうっ、お父さんっ！今度明日香が彼氏を連れてくるんだから、そろそろ覚悟をしておきなさいっ！」
と父親に向かって爆弾を投げつける。
それには明日香だけでなく、隼斗も驚いて言葉が出ない。
「ち、ちょっと！お母さん⁉」
「なによ明日香、あんた僚くんと付き合ってるんでしょ？」
その言葉に今度は明日香と隼斗だけでなく、父親も驚いている。
「ええっ⁉り、僚くんって、あの....⁉」
「お母さん見てたの⁉」
「母さん、マジ、スゲーな....」
「見てたって何よ？昨日、出掛ける前の僚くんと、あんたの様子を見てたらわかるわよ」

明日香は、母親に告白された現場を見られたかと焦ったが、そうではなかったらしい。それでも、それを当てる母親って凄いなと思ってしまった。
「どうでもいいけどさ、父さんが放心状態で固まってるよ？会社に行けるのか、コレ？」
隼斗が父親をつんつんするが、父親はびくともしない。
「ほっときゃそのうち治るわよ。それより、本当に今度連れてらっしゃい。子供のころから知っているとはいえ、大きくなった僚くんはハンサムすぎて、お母さん羨ましいわー」
などという始末。付き合ったばかりなのに、いきなりふりかかった試練を、僚はまだ知らない。
今日も藤堂家は平和だった。