8. 元木の願い

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8. 元木の願い

ダンスレッスン室を出たときには、12時を大きく超えていた。 元木の計らいで、ビル内にあるカフェテリアで昼食をとることになった。そこへ向かう間も6人は、ふわふわとした感覚でいた。 迫力のある音楽とそれに負けない練習生の動き。それが脳裏に焼き付いて離れない。これが何を意味するのか、まだ気づいていない。 カフェテリアは2階にあり、いわゆる社員専用の休憩所である。 小規模ながらもランチメニューが充実しており、どれもおいしそうだった。 「社長の奢りだから、なんでも好きなものを頼んでいいよ」 と、券売機の前で元木が言う。 「え、元木さん。見学に来ただけなのに、そんなにしていただかなくても」 「そうそう、私は雄一郎先輩に会いに来たようなものですから」 「そうですよ。これ以上お世話になるのも.....」 親たちは一斉に元木の申し出を断ろうとする。そしてこういった大人たちの押し問答が始まると活躍するのが深尋である。 「ねーお兄さーん。深尋サンドイッチとポテトフライのセットがいいー」 さすが天真爛漫の申し子。空気の読めなさにおいては、右に出る者はいない。 「おまえ、この状況ですごいな」 隼斗はすでにあきれていた。まあ、他の4人も同じだが。 「あーごめんごめん。おなかすいちゃったよね」 そう言うと元木は素早く深尋の希望した、サンドイッチとポテトフライのセットのボタンを押し、出てきた食券を深尋に渡す。それを受け取った深尋は 「ありがとうございます。お兄さん」 ときちんとお礼を言う。そして元木は後ろを振り返り 「ほら、もう買っちゃいましたし。深尋ちゃんだけだと不公平になるので皆さんもどうぞ」 そう言って満面の笑みを浮かべた。 さすが統括本部長の肩書をもつ御曹司、隙が全く無かった。 すると、深尋に続き誠もピッと券売機のボタンを押す。そして、 「あざっす」 と元木にペコっとお辞儀をした。 ここまでされて断るのはかえって失礼だと諦めた親たちも、 「それでは、お言葉に甘えてごちそうになります」 となり、本日何度目かわからない攻防戦が終わった。 子供6人、大人4人でぞろぞろとカフェテリアに入ると、さすがに目立つ。なんだ、なんだと他の社員に見られていた。その理由の一つには、元木の存在もあるだろう。元木の統括本部長という肩書は、歌手やタレントに同行しているマネージャーを束ねる立場であり、元木は普段、現場にいることが多い。ここ最近はスカウト活動もしていたので、会社にいることがかえって珍しかった。 それから大きめのテーブルに座り、みんなで食事をしながら午前中の感想を聞いてみた。 「みんな、ダンスレッスン見てどうだった?」 「なんか、胸がドキドキした」 竣亮が自分の胸を押さえながら言う。 「ダン先生に教えてもらったら、あんな風に踊れるのー?」 「うん。ダン先生は優秀な先生だからね。最初はできなくても、必ず上手くなるよ」 「俺、ダンスっていうのを目の前で初めて見たけど、迫力があってかっこよかった」 「誠くん、ずっと目を離さずに見ていたからね」 「わたしは、やってみたいなって思ったけど、あんなにできる自信がないです」 「誰だって最初はできなかったんだよ。だけどみんな頑張ってできるようになったんだ。だから心配しなくても大丈夫」 「僕たち、あまり目立つのは好きじゃないんです」 「........今はそうかもしれないね。でもいろんなことに自信がついたら、その考え方も変わってくるかもしれないよ」 「結局兄ちゃんは、俺たちにどうしてほしいの?」 隼斗の質問に、少し間を開けて元木がゆっくりと答える。 「お父様、お母様方、そしてみんな。僕はね、あの河川敷で君たち6人を初めて見た時、ずっと探していた原石を見つけたと思ったんだ。それはもの凄い衝撃だった。君たちには人を引き付ける魅力がある。今はまだ小さいけれど、磨けば磨くほど大きく輝くと僕は信じている。だから、この事務所の練習生として入所して、歌とダンスのレッスンを受けてほしい。そして、ゆくゆくは君たちと一緒に仕事がしたいんだ。もちろん決して粗末な扱いはしない。昨日も言ったとおり、僕は君たちを大切にしたいんだ。いや、大切にすると約束する。だからどうかお願いします」 そう頭を下げる元木。周りにいた社員たちも驚いている。 子供たちは、ここ数日で初めて見る元木の姿に驚いていた。 「元木さん、顔をあげてください」 僚の父が元木の肩にポンと手を置く。 「あなたのお気持ちはわかりました。ですが、この子たちもまだ決めかねているようですし、深尋ちゃんと誠くんの親御さんにも説明が必要でしょう。もう一度改めて話し合いの場を設けるのはいかがですか?」 「それはもう、是非そうさせていただきたいです」 「では、日程などは私たち保護者で話し合って、追って連絡するということでよろしいですか」 「はい。お待ちいたしております」 そう話がまとまって、お昼ご飯は終了となった。 昼食後はボイスレッスンを見学させてもらうことになっている。 とここで、僚の父は元木社長が出先から戻ってきたらしく、久しぶりの再会のため5階にある社長室へと別で通されて行った。 他のみんなは、4階にあるボイスレッスン室へと向かった。
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