0人が本棚に入れています
本棚に追加
「マスター、起きてください」
うるさいな。人が気持ちよく寝てるってのに。
「来客です。来客です。起きてください」
初めは控えめだった機械的な声が、どんどん音量を増していく。眠りの世界に戻りたいのに、耳にガンガン響く音が覚醒まで強制的に導く。
「だからうるさいって! なんなの!」
「おはようございます。来客です」
光るモニターが目に痛い。これだから安物の家に付属するAIは、と思いながら、目を細めてパネルのモニターを見る。ぼやけた視界が鮮明になっていく。来訪者の顔をはっきりと認識した瞬間、俺の意識は急に覚醒まで浮上した。
「はっ!? あ、アルテミス!?」
そこに映っていたのは、俺が誰より敬愛するあの人だった。
瞬きを何十回も繰り返す。いや、本物だ。何度見たと思ってる。あの、ライオンのたてがみのように靡くブロンド。
まるで現実味がない。民営放送を見ているみたいだ。
『やぁ、開けてくれないか? 君を特殊部隊に勧誘しようと思って来た』
アルテミスの声だ。前にヒーロー解説番組でコメントしていたときの、あの声と全く同じ。
「えっ……」
『うちの能力探索チームは有能でね。君から強力な超能力のオーラが発現しているのを感知したんだ』
「……そんな」
まさか。
煌めくあの瞳を思い出す。あの少年のことは、てっきり変な夢だと思っていた。いや、これも夢なのか?
『突然こんなこと言われても、混乱するだろう。だが、話だけでもさせてほしい。我々、特殊部隊は常に人手不足なんだ……』
「えっ」
『突然押し掛けて、失礼を承知で頼みたい。我々、ヒーローを助けて欲しい。君の類稀な能力で』
なんだこれは。きっと、夢の続きだ。だって、ありえないだろう。この俺を、あのレジェンドヒーロー・アルテミスが必要とするなんて。
『頼む、扉を開けてくれ』
でも、もしそんなことがあったら。もし、このどうしようもない俺が、アルテミスみたいな凄い人の助けになれたら、悪を挫き弱き者を助ける、そんなヒーローになれたら。
そんなの、願ってもない。
「……ドアを開けて」
「承知いたしました」
ドアがスライドしていく。開いていくと同時に、俺の心臓の鼓動は加速する。
あ、入ってくる。重い足音。
「……開けてくれありがとう。はじめまして。陸軍特殊部隊少佐アルテミス・ダラントだ」
「っあ、う」
本物だ。画面の中じゃない。正真正銘、俺の目の前に、俺のこの狭い部屋の中に、あの光るネオンの下で輝く黄金の獅子が、いる。
でも、おかしいのだ。
あの獰猛な獅子のようでいて、正義の炎に燃えたあの目は、こんなに冷たく、凍えるような目だったか?
「やっぱり、探索班の情報を信じてここまで来た甲斐があったよ。最近は不発続きだったからな……」
「え……?」
「いや、こちらの話だ。素晴らしい念動力の素質だ。鍛錬すれば、私さえも超えるかもしれない」
「えっ……!」
「まあ、未来があればの話だが」
それって、どういうことですか。そう口を開く間もなく、アルテミスは腰に手を置く。拳銃だ。アルテミスはそれを取り出して……。
え、なんで。アルテミス、どうして……。
向けられた黒い塊。その冷たい空洞から目が離せなくて。
ドッッ
最初のコメントを投稿しよう!