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こんなお手上げ状態で誰かが訪ねてきたら、手放しで招き入れるのは当然だと思う。
嬉しくてマシンガントークになってしまうのも。
「えー……要するに」
テーブルの位置も分からない状態の私に呆れつつも、クリムと名乗った魔法薬師さんは私の話を聞いてくれた。
そして話の終わりを確認すると、ゆっくり言葉を選び始めた。
クラスの男子より低くて落ち着いた声だから、私より少し年上かな。
教育実習生の先生が似た雰囲気だった気がする。
「ミラさんは目覚めたら……これまでの記憶を失っていた、と」
ためらうような口ぶりから、私の話に半信半疑なのはあきらかだ。
まあ、そりゃそうか。
逆の立場なら「そうなんだー」で終わらせたと思う。
話をさえぎったり途中で席を立たなかっただけ、クリムさんはえらい。
だから多少じれったくても、彼の言葉は最後まで聞くつもりだ。
背筋を伸ばして続きを待った。
「記憶喪失の代わりに、前世の記憶を思い出した? しかも前世の世界に帰りたいから『異世界の扉』を探したい、ということですか?」
「そうです! 何も覚えてないこの世界になじむより、元の世界に戻る努力をした方がいいと思って。戸籍の問題とかはあるけど……私はまだ子どもだから、訳ありで保護してもらえたら最低限の生活はできるだろうし。うん、やっぱりここで生きるよりはマシかなって」
「目も見えないし?」
「はい」
盲目で異世界転生。うーん、やっぱり詰んでいる。
タイミングよくクリムさんが来なければ、お先真っ暗で途方に暮れるしかなかった。
巻き込まれたクリムさんは面倒でしかないだろうけど。
何度もため息を吐くのが聞こえて、ちょっと申し訳ない。
「前世や『異世界の扉』なんて話、初耳です」
「この世界でも珍しいんですか? 私も聞いたことなかったけど、久しぶりに会った知り合いが鍵を持ってて」
「鍵……ですか。もしやこんな?」
コトリ、とテーブルの上に硬いものを置く音がする。
驚きながら手で探ると、爪が当たってカチリと鳴った。
指の腹でさわれば少し冷たくて、両手で形をなぞると持ち手に波模様の入った鍵の形をしていた。
たしかに、創始が持っていた鍵もこんな形だった。
「これ! 色は金色ですか?」
「多少の変色はありますが、金ですね」
「どこにありました?」
「テーブルの上に。この家の鍵にしては大きいなと感じていたのですが……」
「なら、私の意識と一緒にこっちの世界に来たんですよ!」
さっそく鍵が見つかるなんてラッキーだ!
この調子なら扉も近くにあって、案外すぐに帰れるかもしれない。
期待と安堵で気持ちが高揚する。
鍵を一度なでてから、大事にズボンのポケットにしまった。
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