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「鍵があるなら、扉も絶対にあると思うんです」
クリムさんが「うーん」と悩ましげな声でうなった。
「魔法薬師同士でも、そんな話を聞いたことがないですね」
「あの、そもそも魔法薬師って何ですか?」
「魔力を帯びた薬草を用いて、疾病の治療を行う者の総称です。都会だと診療所を設けるんですが、田舎は持ち回りで巡回するんですよ」
家の外に人の気配や声がしないから、田舎なんだろうと思っていたけれど当たりらしい。
「ふうん。魔法がある世界なんですね。炎とか出せます?」
「そんな派手なことはできません。鉱物や魔獣に宿る魔力を、道具や原料に変換して生活に役立てているんですよ。この家にある氷石庫や宝眼魔獣灯などがそうですね」
「れいせきこ……?」
漢字変換に戸惑ったけど、解けない氷みたいな石が動力源の冷蔵庫と、死んでも光り続ける魔獣の瞳を使ったランプのことらしかった。
冷蔵庫はともかく、目ん玉のランプかあ……と微妙な気持ちになる。
けど、黄色いガラスが光っているような見た目で、バイオレンスさとは無縁らしいのでよしとした。
まあ、どうせ見えないし。
「ともかく! 異世界の扉って名前でなくても、それっぽい物の話を聞いたことはありませんか? 私は前世の記憶が扉の前で途切れているんです! 扉を開いて死んで、それでこの世界に転生したっぽくて」
「だったら、また死ぬんじゃないんですか。扉を開いたら」
「あ」
ふふ、とクリムさんが初めて笑った。
「あなたの話は支離滅裂だ。しかし興味深い。鍵が本物か判断しかねますが……いいでしょう。しばらくあなたに協力します。この家に置いてくれればその扉を探しましょう」
「本当ですか! あ、でもお金とかあるか分からないんですけど」
「当面はいらないです。珍しい症例に出会えて、私も久しく心が躍っていますよ」
「症例?」
「前世盲信病とでも名付けましょうか」
きっといい笑顔をしているんだろうな、と分かる声色だ。
何だろう……ヤバい奴だと思われているんだろうか。
「とりあえずこの薬を飲みましょう。気分を落ち着けてくれますよ」
「私、病気じゃないです」
「いいえ。今のあなたは軽い興奮状態です。このままでは倒れてしまう。まあ疲労回復も兼ねて、飲んで損はないですよ」
「苦い?」
「それなりに」
「じゃあ損です。飲みません」
「いいんですよ? 私はこのまま帰っても」
それは困ると飲んだ液体は尋常じゃないくらいに苦くて、そこからの記憶がない。
気づけば次の日になっていた。
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