化け物

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化け物

 クリムさんに手を引かれてゆるやかな山道を登ると、たしかに家からさほど遠くない場所に扉はあった。  緊張しながら鍵を回せば、カチャッと軽快な音をたてて開く。  取っ手をひねり恐る恐る押してみると、扉の隙間からなじみ深い匂いがただよう。  塩気を含んだ、海を走ってきた風だった。    懐かしさでそのままたたずんでいると、「ば……化け物!」という叫び声がした。  これは――そうだ。  幼馴染の、創始(そうし)の声だ。  声変わりの終わりかけ、少し掠れた音が印象深くて覚えている。  そういえば、創始はどうなったんだろう。  転生した私自身のことで手一杯だったから忘れていた。  異世界の扉を開けたあと、私と同じように創始も転生したんだろうか。  あれ、でも叫んだのが創始なら、元の世界とこっちでは時間の流れが違う? 「来るな! 化け物あっち行け!」  ……それにしても罵倒がはげしいな。  しかもこれ、私に言われている気がする。  反論のために口を開きかけて、肩を叩かれた。 「クリムさん?」 「下がりましょう。子どもが混乱しています」 「なんで? 失礼だから言い返そうと思ったのに」  苦笑いしてると、予告なく腰を引かれて驚く。  その勢いで鍵を落としたし、扉の取っ手からも手が離れてしまった。  支えをなくした扉が閉まる。  磯の香りも霧散してしまった。  なにするんですかと文句を言おうとしたけれど、クリムさんの方が早かった。   「人では、ないですよ」 「え?」 「自分の姿が見えないから、分からないんだ。ミラは人の形をしていない」 「まさかぁ。ていうかクリムさん口調が違う」  あははと大声で笑ったのに、重い沈黙が場の空気を沈ませるばかりだ。  冗談ではすまない雰囲気に、だんだんと不安が大きくなる。 「え? あ、じゃあ私はなんなんですか?」 「宝眼魔獣……家あるランプと同じ。瞳が常に輝いて、姿は人間大の猫が立ち上がったような感じかな。あ、牙は猫なんて可愛らしいものじゃなく、かなり鋭いけど」 「本当に?」  全然気づかなかった。自分が人間だと信じて疑わなかったせいだろうか。  特に牙なんて生活に支障が出るレベルの違いだと思うけど、違和感なく生活できていた。  動揺する私の肩をクリムさんが叩いて、私の意識を彼に集中させる。   「もうじきあの子どもが扉を開ける。全開にね。そうしたら終わりだ。ミラは扉に吸い込まれ、正気を失い元の世界を滅ぼすんだ」 「どういう」 「あーあ、実はちょっと期待してたんだけど。今回も同じだな」 「……待ってわけ分かんない。まず化け物呼ばわりが結構ショックなんだけど!?」 「それは失礼。あの子どもは、前世の俺だよ」 「え?」  なにを言われたのか、分からなかった。  数分経ち言葉として頭に入っても、腑には落ちてこない。   「前世が、創始?」 「ああ……そんな名前だったかな。呼ばれたのはいつぶりだろ」 「クリムさんも転生者ってこと?」  静かに頷いたような、気配がした。
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