1 目の前で飲まれた

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 メアリーの店をあとにしたディアンは、道すがら、考える。  どうすれば彼女を、振り向かせることが出来るのか。──どうすれば、今度こそ。  メアリーがこの街、アンドレアスに店を構えることになった二年前のことを思い出す。  この地に根を下ろす魔法使いを、神の代わりに見届けるという仕事で、ディアンは聖騎士として契約の場に立ち合う役目を任され、メアリーと顔を合わせた。 『はじめまして。メアリー・オルコットと申します。この街、アンドレアスに貢献できるよう、尽力しますので、どうぞ、よろしくお願いします』  ウェーブのかかった、腰までのピンクの髪と、熟したブルーベリーを思わせる、濃い青紫の瞳。  十六になるという彼女は、愛らしい顔に緊張を滲ませ、けれど、彼女なりの精一杯の笑顔で、そう言った。  その姿に目を奪われ、そのまま呆けてしまい、 『……あの……?』  愛らしく首を傾ける仕草にまた見惚れかけ、ハッと我に返り、 『っ、いや、すまない。自分はベルガー領アンドレアスの聖騎士、ディアン・ウォーカーという』  ディアンは姿勢を正し、右手の拳を心臓の位置に当てて左手で剣の柄を握るという、聖騎士の礼の形を取り、 『この地に根を下ろす魔法使い、メアリー・オルコット殿。あなたへ、感謝と、祝福を。そしてあなたが、この地に長く留まってくれることを願って』  決められた通りの口上を述べ──名前を呼んだ時に心臓が跳ねた気がした──立会人としてそのまま、契約がきちんと交わされるのを見届けた。  そして、メアリーの姿が頭から離れないまま、その日の他の仕事を終え、仲間に酒場へと誘われ、行く、と伝えたら、それなりに驚かれた。 『どうした? なんかあったか?』 『珍しいな。お前が祝祭日でもない日に、酒を飲もうとするなんて』  声をかけておいて、とは、思ったが、仲間たちの疑問は至極当然に思えたので、ディアンは、こう言った。 『なぜだか、飲んだほうがいい気がした。……今日の俺は、どこかおかしいように思う』  周りはそれに、軽く心配の言葉をかけながらも、ディアンを酒場へ連れて行く。  そして、飲み始めてから本格的に、ディアンを心配し始めた。  ザルの筈のディアンが、エールを三杯飲んだだけで、酔い始めたものだから。  仲間たちに、本当にどうしたよ? と、聞かれて。 『……あること、……人が、頭から、離れない』  赤い顔で呟いたディアンのそれに、周りは目を丸くし、 『え、なに? 夢見で神様でも現れた?』 『それだったら、とっくに司祭に話してる』 『じゃあなんだ? 恋でもしたか?』  その一言に、ディアンは目を見開いた。 『……これは……恋……なのか……?』 『いや聞くなよ』 『何、誰だ? 堅物のお前の心を射止めたのは』 『射止め……られた、のか……?』  これでは埒が明かないと、周りは若干呆れながら、ディアンに誰を思い浮かべてるだの、どう思っているだのと質問を投げる。  ディアンは素直に、メアリーの話と、彼女の印象と、それがずっと頭から離れない、と話した。 『恋だ』 『恋だな』 『二十歳(はたち)にして、初恋』 『しかも一目惚れと来たもんだ』 『……恋……なのか……』  未だに自分のことを把握しきれていないディアンは、呆気に取られたように言う。  周りはそれに、また呆れ、 『でもまあ、応援してるよ。頑張れ』 『色恋に疎すぎて不安な気もするけど、頑張れ』 『店の場所も分かってんだろ? 通えよ。頑張れ』 『とにかく頑張れ。頑張らないと実らない気がするから』  仲間たちに、頑張れ頑張れと言われ、次第に酒の肴にされ、ディアンは酔った勢いのまま、メアリーがどれだけ魅力的かを力説しだし、皆で夜更けまで飲んだ。  翌日は、二日酔いで頭痛がした。周りも同じようだった。  仲間たちが堅物と言うように、自分が生真面目で色恋の(たぐい)を苦手としているという自覚のあるディアンは、それでもなんとか、メアリーとの距離を縮めようとした。仲間たちからのアドバイスを、聖騎士見習いの頃の教育のように受けながら。  けれど、想いはいつも、ディアンの奥手な部分と不器用さと、ディアンを客として扱うメアリーの鉄壁さで、伝わらない。叶わない。  そんな日々の中、想いを募らせていくディアンは、溢れそうなそれを、 『君は、この街に店を構えてくれたが、将来をどう考えているんだ?』  そんな不器用な言葉で、零した。 『将来ですか? 店を大きくしていって、師匠に負けないくらいの数の弟子を取って、教育して、みんなを一人前の魔法使いに育てることですかね』 『……君のお師匠は、百を超える弟子を取ったと聞いたが』 『そうですよ? 私の目標は、師匠を超えることなんです。生涯を、魔法の研究と育成と周りへの貢献に捧げる。そんな人生を歩むつもりです』 『生涯……君は、その、お師匠のように、独身で過ごすということか?』 『そうですね。結婚する気も恋人を作る気もないですよ?』  明るく、なんでもないように言うメアリーを見て、ディアンは、この想いは叶わないのだと、突きつけられた気がした。  落ち込むディアンに、仲間たちは励ましの言葉をかけ、また皆で、二日酔いでガンガンと頭痛がするまで飲んだ。  諦めよう。彼女の目標を応援しよう。  ディアンは、そう気持ちを切り替え、日々を過ごし。  だけれども、どうしても、メアリーとの将来を思い描いてしまう自分が居て。それを望む自分が居て。  想いをかき消せないと悟ったディアンは、諦めた。  ──諦めることを、諦めた。  そしてどうすれば、メアリーは自分へと意識を向けてくれるかと、考えて。考えに考えて。  思いついた策が、惚れ薬だった。  もとから惚れているのだから、更に惚れるくらい、問題ない。それによって少しでも、自分に意識を傾けてくれれば、チラリとでも自分との未来を思い描いてくれれば。  そうすれば、そこを糸口に、突破してみせる。  そうして、メアリーへ惚れ薬の作成を──依頼内容も嘘ではないのだからと──依頼して、メアリーの目の前で惚れ薬を飲んだ。  飲んでの、感想は。  成る程、強力だ。  それに尽きる。  メアリーが、より愛おしく思えるのも。彼女のファーストネームを、淀みなく口にできるのも。今までの自分では考えられないような、聞いていると恥ずかしくなるような言葉をスラスラ言えるのも。  今のこの思考回路だって、そうだ。  メアリーへの贈り物、デートの誘い文句、なんなら求婚の言葉さえ、考えている自分がいる。 「君の作る薬は素晴らしいな。君は美しいだけじゃなく、魔法の才に溢れてるよ、メアリー」  店でも口にしたそれを、ディアンはまた、呟いた。
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