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昨日、ファーストネームで呼んでくれないかと頼み、今日、それが現実になっていること。
メアリーが、間接的にでも、自分を気にかけてくれたこと。
それらの事実に頬を緩めてしまいそうになりながら、ディアンは鍬で、畑の土を起こしていく。
「メアリー、一つ、聞いても良いか?」
この作業も、何年振りか。十五で聖騎士見習いになったのだから、六年か。ディアンは、そんなことを考えながら、
「仕事で、別の魔法使いの畑作業を見たことがあるんだがな。その魔法使いは、全ての作業を魔法で行っていたんだが……人によって、やり方が違うものなのか?」
「そうですね。違いますね。このやり方は、師匠直伝ですし、少数派だと思います」
少し間隔を空けた隣で、手慣れた動きで土起こしをしながら、メアリーが答える。
「全てを魔法でやる、というのは、効率重視の人が多いですね。それとメリットとして、土に直接、魔力を混ぜることができます。ですけど師匠は、こちらを選びました。畑や土の具合を詳細に知れるのと、それによって、混ぜる魔力の濃度や種類を変えるためですね。師匠は手間をかける人なので。私もそれに倣っています」
「そうなのか……ん? それなら、俺がやっている区画の土の様子は、大丈夫なのか? 良い土には見えるが……土の魔力感知は、したことがないからな……」
手を止めたディアンが、考え込むように言うと。
「それなら大丈夫です」
メアリーも手を止め、ディアンへ顔を向ける。
「ディアンさんのほうの畑の様子も見ながら、こっちの作業もしてましたから。今のところ、土に問題はなさそうです。魔力を混ぜ込むのは、ぱっとやれちゃいますから、お気になさらず」
そう言ったあと、メアリーは、
「……やっぱり、人手が増えると作業の進みが早いですね……あと、本当に慣れてるんですね、畑作業。動きに無駄がないように見えます。……正直、有り難いです。手伝ってくれてありがとうございます、ディアンさん」
軽くお辞儀をしたあとの、メアリーの笑顔に。
「可愛い……」
ボソリと、言ってしまい。
「え?」
それが上手く聞き取れなかったのか、首を傾げるメアリーが、余計に愛くるしく思えて。
「メアリー。君が可愛くて、手が止まってしまうよ」
ディアンは苦笑したあと、
「君の役に立ってるなら、良かった。明日からも、手伝って良いか? 君のためになることなら、なんでもしたい。本音を言えばずっと、君のそばで君の役に立っていたいんだがな」
鍬を持ち直し、言いながら、作業に戻る。
「……手伝ってくれるのは有り難いですけど、聖騎士のお仕事は、ちゃんとしてください」
呆れた声を向けられても、口にしたそれを拒否されなかったこと──明日からのこの時間を許してもらえたことに、ディアンはまた、嬉しくて、ニヤけそうになりなから、
「分かった。仕事はちゃんとする。君に言われるとなんでもその通りに動いてしまいそうだ、メアリー」
そう言って、ザクリと、土に鍬の刃を入れた。
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