3  戸惑う彼女と、自信に満ち溢れた彼

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 魔法使いは古くから存在しているが、聖騎士というものはここ百年ほどで確立された存在である。  それ故に──他にも理由はあるが──聖騎士の仕事がなんなのか、詳しく知らない人間も多い。ディアンも、その一人だった。 「──神の使徒である我ら聖騎士、決して、驕り高ぶること無く、聖なる力を持ってして、悪を討ち取らんと心に刻む。我らが聖騎士足り得るために、主神の御心を一時も忘れず、闇の中へと我が身を放つことに、躊躇いなど覚えない。天に(ましま)す──」  アンドレアスの聖堂で、隊列を組むように並ぶ聖騎士たちと共に、ディアンは聖騎士の祝詞を朗々と響かせる。  聖騎士とは、聖職者であり、騎士である。  それぞれの階級毎に、その聖職者と同等の知識を学ばねばならず、また、その階級によって、騎士としての立場も変わる。  ディアンの正式な階級名称は、準一階級聖騎士だ。ざっくり言えば、聖職者としては中級貴族に教えを説くことの出来る立場であり、騎士としては、有事の際、最大千の隊の長として動かなければならない。  そして、聖騎士としての一番重要な仕事は、冥界から湧き出てくる、化け物たちの始末だ。化け物たちを始末するには、魔法使いほどではなくとも魔法が使え、更に、魔力とは違う、『イエディミナル』と呼ばれる神聖な力を持ち、それを扱えなければならない。  けれど、冥界からの化け物たちは、この三十年ほど、こちらの世界に攻撃を仕掛けてきていない。湧き出てきたという報告もない。  聖騎士は、聖騎士たる所以の仕事を、三十年、行っていないのだ。  だから近年の多くの人間は──聖騎士になる前のディアンも含め──聖騎士を、教会の護衛兵のように思っているフシがある。  ディアンは十四の時、その、イエディミナルを見出され、魔力も多少扱えたことから勧誘を受け、十五で聖騎士見習いになった。家に金を入れられることと、食うに困らないという言葉に、飛び付くように。  実際、家に金を入れることは出来ているし、食うにも困っていない。ただ、冥界の化け物たち、という存在をあとから知って、そして聖騎士として学ばなければならないことの、その膨大な量に、多少の後悔はしたが。 「──聖騎士たる者、いついかなる時も、主神を、そして誇りを、忘るる事勿れ」  祝詞が終わり、聖堂を満たすように放たれていたイエディミナルが、薄くなっていく。 「よう。昨日の今日で、どうよ?」  仲間である聖騎士の一人が、ディアンの肩に手を置き、聞いてきた。 「今までの自分が嘘みたいに、メアリーへの想いを口にできる。彼女は優しいからそれを受け止めてくれるし、俺の我が儘にも耳を傾けてくれる。愛しさは増すばかりだ」  真剣な顔で言ったディアンに、 「酔ってないのにそれだけ言えるって、マジで凄いな」  隣に居た別の一人が、呆れた口調で言う。ディアンが横目で見ると、顔も呆れたものになっていた。  そこに続々と、ディアンを囃し立てるように仲間たちが集まってくる。皆、ディアンの状態を──惚れ薬を飲んでいることを知っているので、遠慮がない。 「期限付きとはいえ、こんなお前が見られるとはなぁ」 「成功しても失敗しても、酒の肴にしてやるよ。また飲み明かそうぜ」  仲間に周りを固められ、色々と言われながら、仕事──朝の鍛錬──に向かうためにと、ディアンは外へと繋がる扉へ足を向ける。 「なんとでも言ってくれ。メアリーの心を掴むためにも、今の俺に出来ることを全力でやる」  それを聞いた一人が、 「お前一応エリートなんだから、いつもそんくらい自信持てば良いのに」  その言葉に、ディアンは小さくため息を吐き、 「上が決めただけだ、階級は」  と言った。  準一階級聖騎士と認められる者たちの年齢は、四十歳を超えた聖騎士が多くを占める。けれどディアンはその半分の、二十歳という年齢で、準一階級へと上がった。  ディアンはそれを、少々不服に思っている。 「いつも言ってるが、聖騎士としての実力を、イエディミナルの扱い方だけで決められても困るんだがな。俺は、冥界の化け物たちと対峙したことなど、一度も無いんだから」 「そういうトコは変わってねぇんだ? お前」 「惚れ薬飲んでも、真面目なまんまか。大丈夫か? ちゃんと口説けるかお前」  呆れながらも心配する周りに、 「口説くさ、全力でな。メアリーのことは愛してるし、一度口にした言葉は、俺の記憶からも、メアリーの記憶からも消えない。それに、薬の効果が切れても、メアリーへの想いが消える訳じゃないからな」  今度は自信たっぷりな様子で言ったディアンに、仲間たちは、再度、呆れた。
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