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「は、はじめまして……」
――ど、どうしてこんなことになったんだろう。
クールビズ推奨の張り紙が室内の至るところに掲示された、区役所のお見合い課。
コの字に並べられたテーブルを、それぞれパーテーションでざっくりと仕切った一角に、ひづりは軽く俯きながら座っていた。
対面へ座る相手に、ひどくパニくっているのを悟られないようにである。
「いや、はじめましてじゃないよな? 僕たちは高校のときの同級生ですから」
目の前の美丈夫は、敢えて初対面のフリして見せたひづりを察することなく、にこりと微笑み返す。
途端、ひづりは両掌にドッと冷や汗をかいた。
しがない小説家であるひづりの一張羅、ライトグレーのつるしのスラックスの膝あたりをぎゅっと握る。
「あら、二人は同級生なの? だったら話が早いじゃない。それではお後は、若い者同士で」
区役所の職員兼、今回のふたりの仲人を務める五十路ほどのふくよかな女性は、気を利かせつもりなのか、二人に向かってこの場を辞する言葉を告げる。
「……え?」
――ちょっと待ってよ、おばさん! ねえ、まだ俺たち、あいさつしかしていないけど!
情けない声が、ひづりの口から洩れる。
「お節介おばさんだと思ってたけど、案外柏木さんは気が利くんだなあ」
前方よりぼそぼそと感心したような声が聞こえてきたが、混乱したひづりの耳には届かない。
「田沼、そういうわけだから前向きにこのお見合いを考えよう」
高校生の頃と変わらない人好きのする顔で、隠岐島太陽は迷いなくひづりの前に、好意的に右手を差し出した。
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