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「僕は田沼と同じ高校で、バスケ部だった隠岐島太陽。覚えてる?」
緊張しすぎたひづりに握手を拒まれた太陽は、高校時代と変わらない切れ長の目で、心配そうにこちらを覗き込んでくる。
――きょ、距離が近すぎるっ!
当時から学年イチ背が高くて、顔面偏差値も高くて、成績もよくて。女子にモテまくりだったバスケ部エースの隠岐島。
忘れるわけがない。
彼こそが、ひづりの初恋相手。
高校時代から現在まで、忘れられない大好きな人――隠岐島太陽本人だった。
高校を卒業してから七年。
爽やかで目を惹く好青年然とした外見に、さらにダークネイビーのスーツに見合った、大人の落ち着いた雰囲気をまとうようになった太陽。
いい男は、いくつになってもいい男のままなんだあと惚けたひづり自身は、いまだに高校生と間違われることが多い童顔のままだ。
だからこそ、大人の男の魅力増し増しのいい男の前で。好きな男の前で、変わらぬ姿を見せるのは、どことなく気恥ずかしいものがあった。
一応、今日のお見合いへ臨むためのマナーとして、直前にめったに足を向けない美容室でヘアカットだけは済ませてきた。
だが、高校時代からの忘れえぬ初恋相手と再会できると知っていたら、ヘアカットだけでなく、服装だってもっとおしゃれなスーツを百貨店で見立ててもらってくればよかったと後悔しても、今さら遅い。
そして再会した瞬間、七年間ずっと諦めきれなかった不毛な片想いがあっという間にマグマのように再燃し、「好きでいるくらいいいよな」という浅ましい欲を抱いてしまったのも、あとの祭りだ。
どういう経緯でいま、ひづりの目の前に隠岐島が座っているのかわからないが、結果、好きな人が目の前にいるのだから、冒頭のような放送事故になってしまうのはご愛敬である。
だってとくに得を積むような(シャレではない)ずっと好きだった人が、まさかお見合い相手となって目の前に現れる世界線なんて、誰が信じるだろうか。
夢じゃないかと思って、ひづりは先ほどからぎゅっと掌を握りしめ、わざと爪を食いこませようとしていた。
けれど昨夜、生憎ひづりはお見合いへ相応しい身だしなみの一環として、綺麗に爪を切りそろえたばかりであったのだ。痛みを感じるどころか、爪のあとすらあまりついてないだろう感触だ。
そのせいか、目の前にいる隠岐島は自分が創り出したイマジナリー隠岐島ではないかと考え始めている。
それほどひづりにとって、目の前の現実は信じがたいものであった。
「お、覚えて……る、けど、」
隠岐島の言葉に遅れること数秒。
途切れ途切れの言葉で返答するのは、いまだに夢か現実かはかりかねているからだ。
「よかった!」
目に見えて隠岐島が肩を落とす。
そこで初めてひづりは、真正面から隠岐島を見つめた。
「……よかった、って?」
なぞるように言葉を反芻したひづりに、隠岐島はまたしても満面の笑みを浮かべる。
「だって田沼ってば、対面しても俺のことに気付かないどころか、お見合い相手が男だからって嫌になって下向いちゃったんじゃないかって、ずっと気がかりだったんだ」
あーよかったあ、なんて言いながら、隠岐島はパイプ椅子を改めて座り直した。
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