141人が本棚に入れています
本棚に追加
ずっと、などと隠岐島は話していたが、仲人役のカシワギサンという方が離席するまでの時間だから、わずか五分とかそれくらいの時間のことだ。
大袈裟である。
けれど正直ひづりは、好きな相手に少しでも自身を認知されたような気がして、ぎゅっと握った拳が自然と綻んでいくのを感じた。
「隠岐島のこと……いやだなんて、思うヤツ、いないから」
だからか。ふたたび芽生えた恋心が、いまにも暴走しそうだ。
ひづりよりも少し上に目線のある隠岐島の、柔らかいハチミツのようなブラウンの瞳を見つめ、あまりにも整い過ぎた笑顔の破壊力にやられ、慌てて視線をあさってのほうへ逸らす。
「だったら嬉しいなあ、って……さっそく、田沼の視線が僕から外れてるんだけど? どういうことだよ」
ふんす、と分かりやすく怒った顔をして見せた隠岐島は、羞恥で視線を外してしまったひづりの顎を片手で軽々と掴むと、強引に自身のほうへ向けた。
「相変わらず、田沼の顔はちっさいねー。僕の掌くらいの大きさしかないんじゃない?」
上機嫌にひづりと視線を合わせる。
「まあ、視線が合わなければ、昔のように僕のほうから合わせればいいだけのことだし。好きじゃないなら、好きにさせればいいだけのことだし」
そう言うと、隠岐島はもう一度にっこりと微笑んで、ひづりの顎から手を放した。
――え……?
隠岐島の言葉に、ひづりは耳を疑った。
――いま、なんて隠岐島は言った? 好きじゃないなら……好きにさせれば、いいだけって、誰に対しての言葉……だ?
困惑したひづりは大きく瞬きを二回して、ハチミツブラウンの瞳に問うてみた。
けれど隠岐島はそれには応えず、あろうことか大胆な提案を申し出てきた。
「とりあえずこんなところにいても、ただ顔を見合うだけで終わりそうだから、僕たちこれからふたりで抜けない? たしか、お見合いが成立したらそのまま会場を抜けていいって、柏木さんも言ってたし」
ね? と、念押すように頷いた隠岐島は、そのまま対面に座るひづりの肩を叩き、離席を強引に促した。
隠岐島を好きなひづりは、もちろん拒否なんてできるわけはなく、素直にすっと硬いパイプ椅子から立ち上がる。
「よし。じゃあ、外へ出よう。僕とデートしよう」
いつの間にか両脇がパーテーションで仕切られていたテーブルのひづり側まで隠岐島はやって来て、目の前に男らしい節ばった右手を差し出す。
「今度は拒否らないでいてくれると、僕としては嬉しいんだけど……」
控えめな主張にひづりは頬が赤みを帯びる。それから自然と口許が綻んでいくのを感じ、返事の代わりに大きくひとつ頷いて、憧れだった大きなその手にそっと自身の手を預けた。
隠岐島の手の温度が高いような気がする。その事実がまた、ひづりの心臓を爆発しそうなくらいドキドキさせる。
――あ、ヤバイ。本当に好きだ。隠岐島が、好きだ。大好きだ。
最初のコメントを投稿しよう!