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 アカマキというあだ名は、赤尾松蔵という何とも古めかしい本名からつけられたものだ。でも、松蔵はこのあだ名を気に入っていた。  しゅぽっ、という軽快な音を立てて、画面の右上に通知バーが現れる。   『なー。アカマキ。今日は何の作業してんの?』 「あ、テンテンさん久しぶりっす。今日は新作のプロットがまとまったんで、それやってます」  仮想空間にたてた作業部屋の訪問者に、アカマキは楽しそうに話しかけた。   『おっ、いいじゃん』 「テンテンさんは?」 『俺は今日は、次に撮影する映画のコンテづくり』 「お、マジですか?」 『マジ、マジ』  笑い転げる音を聞いて、アカマキはプロットを広げる。  ふふん、と得意げに笑いそうになる。恋をしたいから、化け物であることを受け入れた女の子の下絵が描かれている。どこか少しだけ、守子に似ていた。  彼女はきれいだ。アカマキはいつも思う。  著名な科学者の義母を持つ守子は、いつもどこか心細そうだった。  まるで彼女の名前が自分を食い尽くすんじゃないかと、ずっと考えているように見えた。  でもそんな彼女とは、アカマキは非常に心地よく話せた。境遇が似ているせいかもしれない。  アカマキの松蔵という名前は、彼の曾祖父と同盟だ。曾祖父は、家が裕福になるほどの高名な画家。彼のような芸術肌になれと願って付けられ、幼いころから数々の芸術作品に触れてきた。  幸いにして、アカマキに芸術は合っていた。今は漫画や小説、動画作成、なんだって楽しめる環境がそろっている。でも、本業にしたいかと言われると、ちょっと悩んだ。  悩んだ瞬間、なんだか心細くなる。  そんな時は守子に会いたくなった。   『でさ。アカマキは例の子とはその後どうなの?』 「どうって?」 『恋愛的な?』 「どうでしょう。青春はしてますよ」 『マジか、羨ましいな』 「このプロットも、その子と書いたんです」 『あはは。そりゃ青春だな』  恋なのか、愛なのか。  どちらなのかと問われたら、たぶんアカマキは『愛』と答える。守子との関係は、お互いを想う愛があった。  親愛と恋愛の垣根を取っ払ったような関係性。    あーあ。彼女のことを頭の中で考えた瞬間が、すぐにプリントアウトできたらいいのに。 「……言っとこうかなぁ」 『何が?』 「こっちの話ですよ」  アカマキはすぐにスマホを手に取った。  守子との、何でもないスタンプのラリー。その最後に付け加える。  ── 言っておくけど、俺はお前が好きだよ。恋してる。  そのまま言わずにいたら、言葉はなんの表現も生み出さないよな。  気が付くのが遅かったのだとアカマキが思い知ったのは、守子が『行方不明』になり、彼女の母親がいるという研究所が不可解な爆発事故を起こした後だった。
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