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「びっくりしたとき頭の中が真っ白とか目の前が真っ暗とか言うだろ。多分それ」 「最悪じゃん」  僕の話を一通り聞いたのち、綾瀬(あやせ)はそう返した。  彼女の言葉の響きに僕は微妙な違和感を抱いてしまう。手元に置いたプリントに指で軽く触れながら訂正した。 「そこまでじゃないよ。悪いのは結果だけ」 「原因は?」 「最高だった」  彼女は呆れたように笑いながら、どこかまんざらでもなさそうな表情を浮かべた。きれいな曲線を描く唇がつやめく。  まだ信じられないもんな、と思いながら彼女の黒い前髪をぼんやり見つめていると綾瀬は不思議そうにこちらを見た。真ん丸な瞳は少し灰色がかっている。 「なによ、じっと見て」 「きれいだな、と思って」  僕がそう答えると、綾瀬は急に不機嫌そうに唇を尖らせた。  こと、と彼女の座る椅子の脚が床を叩く。  美術室の椅子は教室のものと違って脚まで木で出来ていて、少し音が違う。僕はこの音も好きだった。  彼女は立ち上がって僕の元へ歩み寄る。 「私のルージュの色もわかんないくせに」 「うちの高校ってメイクOKなんだっけ」 「ナチュラルメイクはナチュラルだからメイクじゃないの」  謎理論を展開しながら近づいてきた綾瀬の唇をじっくりと見た。  普段の彼女を想像して、答える。 「薄いピンク色?」 「濃い黄緑よ」 「ナチュラルすぎる」  嘘だろう。色遣いの得意な彼女が学校に黄緑色のリップで来るわけない。  けれど今の僕には、どうしてもそれが嘘だとは言い切れなかった。  僕の目には彼女の唇は淡いグレーに見えている。 「西戸(にしど)くんはアンナチュラルすぎるけどね」  はあと綾瀬は小さくため息をついた。  彼女の胸元に揺れるリボンは唇よりも少し濃いグレーで、羽織ったカーディガンは黒に近い。そんなわけなかった。  うちの制服は女子のリボンが赤色で、カーディガンは焦茶色であることを知っている。 「私の告白にびっくりして、ぜんぶ白黒にしか見えなくなっちゃったってなにそれ」
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