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「私、西戸くんのことが好きだと思う」  先週末の放課後、部活が終えた僕と綾瀬は並んで筆やパレットを洗っていた。他の部員はすでに支度を済ませて帰っていて美術室には僕たちだけだ。  隣からたくさんの色が混ざり合い、どどめ色になった水が流れてきた。  彼女の作品はいつも様々な色でできている。カラフルなのにすべての色の統率が取れていて僕はいつも感心していた。  いくつもの色が入り混じる濁流をぼんやり眺めていると、不意に隣の彼女からそう告げられたのだ。 「……え、え?」 「間違えた」  ああなんだ。間違えたのか。  突然の告白でパニックに陥りそうになった僕は、彼女の言葉にすんでのところで落ち着きを取り戻した。  しかし続く言葉にやはり僕は混乱に突き落とされる。 「私、西戸くんのことが好きです」  視界から色が無くなった。どどめ色の水と一緒に排水口へ流れていってしまったかのようだ。  それほどに僕は驚いていた。  綾瀬はその華やかなビジュアルと誰にでも等しく明るい性格で学校でも人気が高く、同じ部活というだけでも羨まれるような存在だ。  少なくない数の男子が彼女に告白して惨敗したという噂も聞いている。求められる側ではあっても求める側ではない。  そんな彼女がなぜ僕を? 「ねえ返事は?」 「恐縮です」 「なにそれ」  ふふ、と彼女は小さく笑った。  なんとか頭を動かしてようやく見られた彼女は頬や耳が濃い色をしている。笑った顔もいつもとは違ってぎこちない笑みだった。相当緊張しているようだ。  そう察したとき、彼女の言葉以外の全部が僕の中で紙切れのように薄っぺらくなり吹き飛ばされていった。  理由も噂もどうでもいい。目の前の彼女は本気だった。 「間違えた」  僕は訂正しながら白と黒で描かれた綾瀬を見つめる。  心はまだ衝撃から抜け出せないけれど、その奥にじんわりと広がる感情を見つけた。やわらかく広がって胸の内側を温めていく光。  この温度をなんとか伝えたくて、僕は口を開く。 「──最高です」  僕の返事を聞いてようやく綾瀬は心からの表情を浮かべた。  水の流れる音を聞きながら、はやく色よ戻ってくれと僕は切に願う。  一生忘れたくないほど美しい彼女の笑顔が消えてしまわないうちに。
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