3

1/1

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

3

「色が見えないってのに映画デートとはこれ如何に」 「もちろんそこも考慮してるよ」  綾瀬はくるくるとフォークに真っ黒なパスタを巻き付けて持ち上げた。  僕も同じ色のパスタを巻く。この店で一推しのイカスミパスタだ。  初めて食べたが、推しているだけあってなかなかに美味い。 「おいしいなこれ」 「でしょ。黒くておいしいの」  得意げに笑った彼女の唇の端に黒いソースがついているのを発見して僕も笑う。  土曜日、僕たちはついに初デートの日を迎えた。  集合場所は映画館が併設されているショッピングモール。そこでまずランチをして、映画を観ようというプランだ。  視界がモノクロになった弊害として食べ物が美味しそうに見えなくなっていた。料理は目から、と言うが本当らしい。  そのことをさっき彼女に話すと「じゃあ黒くておいしいもの食べようよ」と案内されたのがこの店だ。  知らぬ間に予約まで取っていたのであらかじめ配慮してくれていたようだ。 「はい、今日はこの映画を観ます」 「え、これ?」 「うん」  ランチを終えて映画館にたどり着くと、綾瀬は僕に右手で映画のポスターを指し示した。  それは突如各地で発生した異常気象により地球全体が崩壊するというパニック映画だった。キャッチコピーは『母なる惑星(ほし)が牙を剥く』だ。  とても付き合いたてのカップルが初デートで選ぶ作品とは思えない。 「だって今回のデートの目的は西戸くんをパニックに陥れることだからね」 「なんだその魔王みたいな目的は」 「ショック療法だよ。正式な」 「荒療治に正しさなんかないだろ」 「それにほら、この映画ならほとんど曇りだから色わかんなくても楽しめるでしょ?」 「異常気象を曇りとか言うなよ」 「まあ細かいことはいいじゃない」  不意に、さらりとした感触が僕の右手を包み込んだ。この感触は憶えている。  綾瀬が僕の手を取ったのだ。 「ね、行こ?」  微笑む彼女の細くしなやかな指がするりと滑らかに僕の手に絡みついて、言葉を失う。僕にとってはこっちのほうがパニックだ。 「あ、せっかくだし白くて美味しいもの食べようよ」  そう言ってポップコーン売り場に並ぶ彼女に手を引かれ、僕もおとなしく隣に並んだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加