ゴーストタウン

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 山崎魁人(やまざきかいと)は東北の山村で生まれた。少年時代は川で遊ぶやんちゃな少年で、生き物、特に昆虫が好きだったという。物心つく頃から絵が得意だった魁人は、次第に学校の生徒や先生からも注目されるようになった。いつかは画家になるのではと思われていた。  魁人は夢を持って、東京の大学に進学した。だが、現実は大変だった。東京での生活の中で、遊びばかりに執着心を持ってしまい、その中で落第。気が付けば、自分は1人で取り残されていた。何とか就職はしたものの、どこでも長続きはせず、入退社を繰り返した。あまりにも辛い日々だった。収入は、大学時代から始めていたイラストの即売会の収入と少しの給料のみ。なかなか貯金の貯まらない日々が続いていた。  魁人は悩んでいた。魁人はイラストを描くのが趣味で、よく描いていた。それは多くの人々に認められ、即売会で多くの人から注目されていた。そして、魁人はそれこそ生きがいと思っていた。だが、今年の春から新しい会社に再就職した頃から状況が変わった。新しい会社は残業ばかりで、夕方5時半が定時というのに、午後9時まで残業するのが当たり前だった。魁人は最初、あまり気にしていなかった。だが、趣味の時間が減り、日々の生活がつらいように思えてきた。本当に自分は生きていていいんだろうか? どうしてこんな会社に就職してしまったんだろうかと考えた。そのうち、魁人は思った。こんな生活、もう嫌だ。死のう。 「ごめん・・・。かあさん・・・、ごめん・・・」  魁人は机に遺書を書いていた。家族には申し訳ないけど、もう生きる価値がないから、死ぬしかない。ごめんね、お父さん、お母さん、おばあちゃん。お父さん、お母さん、おばあちゃん、突然姿を消してごめんなさい。俺はもう生きるのに疲れたよ。俺は昔から絵を描くのが好きだった。それが生きがいだった。だけど、残業ばかりのつらい仕事の中で、絵を描く時間が失われていった。その中で、自分は生きていていいんだろうかと思い始めてきた。自分の楽しみができない世界なんか、世界じゃない。だから俺は、好きな事ができる世界を探すために、この世界から消えようと決意した。本当にごめんね。これからは、愛するみんなの心の中で生きるよ。だから、心配しないでね。  魁人は震えていた。つらい事ばかりの人生だったけど、何もかももうすぐ終わる。 「さよなら・・・」  魁人は遺書を書き、机の上に置くと、自宅のあるマンションを出た。時間は午前3時。普通ならみんなが寝ている時間だ。目的地は人が消えた集落だ。ここならば、飢え死にできる。誰にも看取られる事なく、命を落とす事ができるだろう。  魁人は車に乗った。この車で、様々な即売会に行ったのを思い出す。もうどれぐらい言っていないんだろう。行きたいと思っていたのに、新しい会社に入ってから、全くそれができていない。こうしてみんな、俺の存在を忘れていくんだろうか?  魁人は山村に向かって車を走らせていた。すでに行く場所は決まっている。中国地方にある、多々良(たたら)という集落だ。ここはかつて、林業や製鉄業で栄えた町だ。だが、現在は集落が消滅し、廃墟ばかりとなっているという。ここなら、誰にも見つからないだろう。  魁人は深夜の都会を走っていた。都会は賑やかだが、この時間帯はとても静かで、人通りが少ない。朝のラッシュアワーがまるで嘘のようだ。朝が来ると、また多くの通勤、通学客でごった返し、混雑するだろう。それを見ると、また忙しい1日が始まるんだと思えてきて、今日も頑張らなければと思う。だが、その様子は魁人をますますびくびくさせる。今日も忙しい、欝な日々が始まる。楽しみができないことが、ひしひしと伝わってくる。  その朝の8時20分ごろ、魁人の上司、松下昇(まつしたのぼる)は悩んでいた。この時間に来るはずの山崎が来ない。どうしたんだろう。この時間帯に来るはずなのに。 「うーん・・・」 「どうしましたか?」  松下は横を向いた。そこには社長の鈴木がいる。まじめな魁人に期待していた。 「山崎が来ないんですよ」 「そうですね。どうした事やら」  それを聞いて、鈴木も悩んだ。昨日は普通に来ていたのに、どうしてこんな事になったのか、知りたいな。 「ちょっと電話してみますね」 「ああ」  松下はスマホで魁人に電話をした。何か、重大な事になってないのか、心配だ。だが、電話に出ない。どうしたんだろうか?  松下は受話器を切った。鈴木はその様子をじっと見ていた。 「出ない・・・」 「えっ!? 昨日は普通に来てたのに」  松下も驚いた。まさか、魁人がいなくなるとは。みんな期待していたのに。どうしてこんな形でいなくなるんだろう。  と、松下は思った。直接行ってみよう。その理由がわかるかもしれない。 「そうだな・・・。ちょっと見てきますね」 「ああ」  松下は魁人の自宅のあるマンションに向かった。マンションへは地下鉄で20分ぐらいで、合計40分かかる。 「うーん・・・」  鈴木は悩んでいた。まさか、魁人がいなくなるとは。 「どうしたんですか?」  鈴木は横を向いた。そこにはOLがいる。 「山崎が来てないし、電話に出ないんで。松下が家に向かったよ」 「そうなんだ。心配だね」  OL達も心配していた。どうしてこんな事になるんだろう。早く帰ってきてほしいな。 「ああ。死んでなければいいんだけど」 「そうだね」  松下も鈴木も、不安になっていた。果たして魁人は助かるんだろうか? 松下は不安だった。どうか、死という最悪の結末にはならないでほしい。  その頃、松下は山崎の自宅にやって来た。自宅はマンションの5階にある。マンションはそんなに大きくなくて、独身寮のようだ。  松下はインターホンをならした。だが、反応がない。 「山崎! 山崎!」  松下はノックをした。それでも反応がない。松下はドアを開けた。だが、開いている。 「開いてる・・・」  松下は部屋に入った。部屋は暗い。誰もいないようだ。だが、魁人はいるはずだ。 「どこにいるんだ!」  松下は部屋に入り、探した。だが、どこを探してもいない。どこに行ったんだろう。次第に松下は焦ってきた。 「いないな・・・」  だが、机を見ると、1枚の紙きれがある。明らかにわざと置いたようなものだ。 「ん?」  松下は紙切れを読み出した。タイトルを見て、松下は絶句した。遺書と書いてある。  遺書  会社の皆さん、突然姿を消してごめんなさい。  ここまで頑張ってきたけど、残業ばかりで好きな事ができない会社にはもう耐えられません。  僕はどうしてこんな道を選んでしまったんだろうと後悔しています。  そして、僕はもう人間として生まれたくないと思い、自ら命を絶とうと思います。  会社の皆さん、そしてネット界隈の皆さん、本当にごめんなさい。  僕はこれから、皆さんの心の中で生きようと思います。 「そ、そんな・・・」  松下はしばらく固まってしまった。まさか、魁人が自殺を決意するとは。前日まで普通に仕事をしていたのに。なぜこんな事になったんだろう。目の前の光景が信じられなかった。  その頃会社では、鈴木が松下からの連絡を待っていた。そろそろ松下が魁人の自宅に着く頃だ。  突然、電話が鳴った。松下からだろうか? 「もしもし!」 「松下ですけど、山崎の家から遺書が見つかった!」  鈴木は絶句した。まさか、魁人が自殺するとは。信じられないけど、これは夢じゃなくて、現実の話だ。 「そ、そんな・・・。今すぐ捜索願、出すからな」 「ありがとうございます」  電話が切れた。それを聞いて、OLがやって来た。OLも魁人の事を心配しているようだ。 「何があったんですか?」 「遺書が見つかったんだ!」  OLもそれを聞いて絶句した。とても信じられない。こんな事になるとは。 「えっ!? 山崎さん・・・」 「とにかく、捜索願を出す!」 「そうだね」  すぐに、鈴木は警察に電話をした。捜索願を出すからだ。 「どうか無事でありますように・・・」  OLは両手を握り、魁人の無事を祈った。必ず魁人は戻ってくる。そして、昨日のように普通に出勤するだろう。 「山崎・・・、どうして・・・」  電話をし終えた鈴木も、両手を握った。2人とも、魁人が無事であってほしいという願いは一緒のようだ。
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