キャラバン

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キャラバン

「おーい!」  向こうからやってくる荷馬車の列。あれがカリムの言っているキャラバンなのだろう。何台にも渡って連なるその数は、集団としては大規模なものだった。  カリムは先頭の一台に駆け寄ると、御車と何やら話を始めた。歩みを止めた荷馬車の裏から何人かが顔を覗かせている。なるほど、普通の人間ではない形相の輩が多い。 「リレィ、OKだ」  おいでおいで、をしながらカリム。リレィは手にしていた弓を持ち直すと、キャラバンへと向かった。  ぞろぞろと人々が集まり、やがて路上に店が並び出す。秘薬や食材、服やら帽子やら色々なものが並べられ、さながら市場のようだった。カリムは自分が捕縛師であることを告げ、次々に剣や弓を売りさばいている。リレィは 「好きなもの、買っていいから」  と銀貨を渡され、勧められるままに欲しいものを買っていた。しかし装飾品にはまったく目もくれないリレィを相手に、キャラバンの主たちは首を傾げたのである。 「……ちょっと、ねぇさん」  そんなリレィに声を掛けてきたのは一人の男。ご多望に漏れず、顔には大きな刀傷があった。いかにも悪い目つきでリレィを一瞥すると、言った。 「少し、付き合わねぇか?」  その目に浮かぶ光は、決して印象のよいものではない。カリムの目の届かない場所で何をしようとしているのかなど、簡単に想像がつく。 「断る」  あっさり言い放つと、リレィは背を向けた。 「おい!」  ぐっ、とリレィの肩を掴む男。が、次の瞬間には腹を抱えてその場に突っ伏した。あとには呻き声が聞こえるだけ。振り向きざま、鞘で相手の腹に一発喰らわせたのだ。  驚いたのは周りの人間で、すぐにリレィの周りに人だかりができる。男の連れらしき別の二人が、すごい形相でリレィを睨んでいた。 「てっ、てめぇ、よくもっ」 「先に手を出したのはそっちだ」  こういう連中は一度火がつくと納得するまで止まらない。わかってはいたが、つい、やってしまった。喧嘩っ早いのは性格だ。 「やっちまえ!」  誰かが声を出す。と、同時に面白がった周りの男たちも含め、その場の何人かがリレィに襲い掛かったのだ。 「ふざけるなっ」  リレィはムッとしつつも半分楽しそうに男たちをなぎ倒していく。最低限の傷で済むように、というのはこの際無視してしまおう。時折、バキ、とかボキ、という嫌な音も聞こえていた。 「何なんだ、この女っ、」  見物人の一人が、一歩あとずさる。犯罪人や剣豪と呼ばれた者たちも少なくないこのキャラバンの男たちを相手に、女一人で事足りてしまう戦闘能力とは。 「おい! 何をしているっ」  男たちの動きがぴたり、と止まる。ザッ、と道が空けられ、男が一人、やって来た。 「……ライカ様っ」  最初に手を出した男が腹を抑えて立ち上がり、頭を下げる。 「勝手な行動を取ったらどうなるか、わかっていないわけじゃあるまい?」  ギロ、と自分より図体のいい男を睨みつけるその目は、鋭く研ぎ澄まされている。周りの人間の態度から察するに、彼はこのキャラバンを取り仕切っている人物なのだろう。 「申し訳ありませんっ」  男はそのまま地面に平伏してしまう。と、ライカは腰に下げていた剣を抜き、切っ先を男に向けた。 「やめろっ!」  キンッ  ライカの手から剣が弾き飛ぶ。その視線の先には鞘を抜き、剣を構えたリレィの姿。男たちがザワリ、と揺れた。 「……女、なんの真似だ?」 「お前こそなんの真似だっ」 「俺たちには俺たちの決まりがある。邪魔は許さん」 「切るつもりか?」 「……騒ぎを起こせば全員に迷惑が掛かる。和を乱す人間はこのキャラバンにふさわしくない。死んで当然だ」 「リレィ!」  騒ぎを聞きつけ、カリムが駆けつける。 「捕縛師、あんたの連れか?」 「そうだが、どうした?」  ライカは後ろに倒れている複数の男たちを一瞥し、 「うちの若い奴が、このざまだ。この女、お前の女か?」  と問うた。 「違う」 「そうだ」  二人同時に、口をつく。 「どっちだ?」 「私はこの男と関係ない」 「俺とこいつは一心同体だ」  また、ハモる。 「……この際どっちでもいいが、少し遠ざけててくれないか?」  そういうと、落ちた剣を拾い上げ再びその切っ先を男に向けた。 「やめろと言っている!」  カキンッ、  リレィの薙ぎ払った剣を、ライカが受け止めた。一触即発の状態。カリムは、止めるでもなく仕方ないな、という顔で二人を眺めていた。その場にいた一人が、カリムをちょいちょい、と突付く。 「止めないのか?」 「俺の言うこと聞くようなタマじゃない」 「ライカ、強いぜ」 「リレィも強いぜ?」  ピッ、と、倒れ、呻いている男たちを指し、笑う。  二人の周りには空間が出来ていた。皆、とばっちりを食いたくないのだろう。二人は睨み合ったまま剣を交えている。ピン、と張り詰めた空気。誰もが二人の姿に釘付けになっていた。 「俺、知らねぇぞ」  カリムが呟く。と、同時に二人が動いた。ぱっと離れたかと思うとまた重なる。その度に金属のこすれる甲高い音が鳴り響き、しかし、どちらも引かない。無駄のない動きと見事な足裁き。見る者たちを圧倒する、美しいと言ってもいい程の光景。 「兄貴、手加減してるのかぁ?」  誰かが呟く、と、 「いや、そんなはずねぇぜ」  と誰かが返す。額には汗。真剣な眼差し。とても相手を馬鹿にして力を抜いているようには見えなかった。大きなキャラバンを纏める程の男だ。その力たるや、間違いなくこの中で随一の筈。そのライカがてこずっているのだから、自己流とはいえリレィの剣術もなかなかのものである。と同時に、ライカの中ではある疑問が湧き上がっていた。 「お前、一体何者だっ?」  一部の隙も見せず、問う。 「……私は私だ。何者でもないっ」  リレィが返す。 「これだけの腕があったらなんでも出来るだろうにっ」 「なんでもって、なんだっ?」 「裏でも表でも、商売出来るって事だ!」  カンッ、  ライカの剣が、リレィのそれを弾き飛ばした。勝負あり、だ。二人とも息が上がっている。激しく肩を上下させながら見つめ合っていると、静寂を突き破るかのように周りの男たちが咆哮をあげた。歓喜の叫びだ。  リレィは肩をすくめ、ライカに言った。 「私を切りたければ切ってくれ。但し、その男には手を出すな」 「って、リレィ!」  聞いていたカリムが慌てる。 「お前は黙っていろ! 負けたのは私だ。当然だろう?」 「そんなこと言ったって、」  腰に下げている魔剣カサラギに手を伸ばす。万が一のときは……仕方あるまい。 「捕縛師、魔剣は抜くな」  ライカが言った。 「こいつを切るつもりはない」  その言葉を聞き、ホッとするカリム。いくらリレィを助ける為とはいえ、カサラギを振り回せば死人がゼロというわけにもいかないだろうと思っていたのだ。 「感謝する」  簡潔に礼を述べる。  と、ライカがリレィにツカツカ歩みより、肩に手を置き、顔を覗きこんだ。 「キャラバンに来ないか?」  男たちがどよめく。 「お頭、引き抜きっすか?」 「……まさか、惚れたんじゃあ、」  どっと笑いが起きた。だが、リレィは間髪入れずに答えた。 「断る」 「……何故?」 「私はある厄介事を抱えている。行動を共にすれば、皆に迷惑をかけるだろう」 「厄介事?」  ライカがリレィとカリムの顔を交互に見比べた。溜息をつき、カリムが説明しようと口を開いた瞬間、 「ぎゃあ!」  という声が後方より上がる。 「なんだ?」  全員が後ろを振り向く。と、巨大な魔物三匹が暴れまわっていた。手には、握りつぶした男の遺体を持ったまま、だ。 「……なっ、」  男たちの顔色が変わった。  こんなに間近で醜い生き物をみるのは初めてなのだろう。 「全員、自分の持ち馬車に戻れ!」  ライカが声を張り上げた。途端に蜘蛛の子を散らすように男たちが自らの馬車へと戻っていく。後方、魔物たちのいる場所に置いてある馬車の持ち主だけが、戻れずに右往左往していた。 「チッ、」  リレィは舌打ちをすると落ちていた剣を拾い、馬車の間を突っ走った。三匹の内、死体を手にしたやつの所まで行くと、剣を薙ぎ払って魔物の腕を切り落とす。ドサリ、という音と共に腕と、遺体が地面に落ちた。 「多勢に無勢だな」  馬車は次々にその歩みを進め始めた。キャラバンは一気に、その場を離れようというのだ。 「当然か、」  リレィを捕まえようと伸びてくる腕を避けながら、相手を切りつける。大きい魔物というのは力が強い為、一気にカタを付けたいところなのだが、 「……なにっ?」  ズシャッ  という音と、強烈な悪臭。見ると、ライカとカリムがそれぞれ一匹ずつ魔物に向かって切り付けていた。一匹、また一匹と確実に倒していく。初めて組むにしては息も合っていた。魔物たちは大した抵抗も出来ぬまま、地に沈んだ。 「はぁっ、はぁっ、」  息を整える。整え、そして言った。 「……私はっ、魔…魔に、はぁっ、好かれる性質らしくてねっ、……始終こんな目に合うのはっ、困るだろっ?」 「はぁっ、……なるほどね、っ、はっ、それじゃ仕方ないなっ、」 「しかしっ、はぁっ、あんたもやるなっ、さ、さすがっ、あのキャラバンの纏め役だっ、」  三人はそれぞれ顔を見合わせると、なんとなくこみ上げてくる笑いに身を任せた。遠くの方から、ライカを呼ぶ男たちの声が聞こえていた。 「お前らっ、今日はここで夜を明かすぞっ。とっとと宴の準備だーっ!」  そう、命を出すライカ。 「今夜は付き合え。飲むぞ、リレィ」 「……おい、さっきの私の話、聞いてたか?」  顔を引きつらせながら、リレィ。と、ライカは豪快に笑って言ったのだ。 「見張りは立てる。安心しろ」  そしてリレィとカリムは、朝まで飲んだくれることになるのだった。
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