繋ぐ者

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繋ぐ者

 産婆をかって出てくれたのは、村の女たちだった。初めての出産で何をどうしていいかわからないリレィは、彼女たちに言われるまま、子供を産むことだけに集中していた。 「月日の流れは早いねぇ。リレィがこの村に来てから、もう二年近くなるなんて」  母親ほども年の離れた女たちがそんなことを言いながら湯を沸かし、準備に取りかかっている。リレィは痛む下腹部に顔をしかめつつ、黙って話を聞いていた。 「ほんと、マシュに子供が出来るなんて、嬉しいことだわ」  村全体で祝福ムードだ。リレィは、村の住人たちにしてみれば異端児。しかしそんなことはおくびにも出さず、受け入れてくれた。子供を授かったとわかったときも、どれだけの笑顔を向けられたことか。今となっては子を産むということ、自分やマシュの為だけでなく、村人たちへの恩返しだという気持ちにすらなっていたのだ。 「リレィ、本当にありがとう」  そう言ってリレィの手を握ってきたのは一番年配の女性。目に涙を浮かべ、至福の微笑みで見つめられ、どうしていいかわからずリレィは曖昧に頷き返した。  この村にいる住人達の中で、リレィだけが生粋の人間だった。いや、見る限りでは全員人間の姿をしてはいる。だが、その実、ここにいる全員、その血の半分ないし四分の一は人ではない……魔の者なのだ。  人間と魔物の間に生まれた存在。  どちらにも分類されず、どちらにも属することの出来ない存在。  マシュもまた、その一人だ。  あんなに魔を忌み嫌っていた自分が、今こうしてこの村に住んでいること自体、考えれば不思議な話ではある。ついには子供まで宿してしまったのだから……。 「……礼を言わなきゃいけないのは…きっと私の方だ」  リレィはそう、呟いた。  女たちはなにも言わず、静かに微笑むだけだった。 「痛っ、」  痛みの感覚が早くなる。そろそろ本番、ということだろうか?  と、急に外が騒がしく感じられ、耳を向ける。女たちも眉をひそめ、何事かと外を気にしていた。 「お母さんっ!」  駆け込んで来たのは村の子供たち二人。近付いてはならない、と言われたこの部屋に入ることを躊躇いつつも、その勢いは切羽詰った危機感を漂わせていた。 「あんた達、どうしたの?」  聞かれると、泣き出しそうな顔になる。 「大変だよ! 魔物狩りなのっ。すごく沢山来てるよ! どうしようっ」  魔物狩り……。  今に始まったことではないが、この村にはよくこういうことがある。住人が半分魔物の血を引いている、と知った人間たちが、面白半分に村を襲うのだ。中には魔物に対して恨みを持つ者たちもいるのだが、村人たちにしてみればなんの謂れもない罪をなすりつけられた上、家を焼かれたり怪我人が出たりという自体を回避する術もなかった。ここで手を出してしまえば、噂は更に広まってしまう。自分たちの身を危うくする種を蒔くことになる。だからいつだって脅しをかける程度で、人を殺めることはなかった。 「すごい人数なんだっ。あいつら、村に火を放ってるっ」 「なんだって?」  ザワ、と女たちの顔色が変わる。  リレィはグッと唇を噛み締めた。いつもなら自分が真っ先に飛び出して行くところなのだが、いかんせんこの状態では動けやしない。それどころか、自分の身を守ることすらままならないではないか。 「……すまない」  顔を歪ませるリレィに、女たちは言った。 「なに言ってるの! あなたは無事に子を産むことだけ考えていればいいの!」 「そうよ、リレィ。余計なことは考えないで」 「しかし……、」 「あのっ、あのねっ。今、マシュが……、」  女の子が言い辛そうに口を開く。 「マシュが、どうした?」 「マシュがね、壊れちゃったの」  その言い方に一同がどよめいた。 「マシュが?」 「まぁっ!」 「……壊れた?」  意味がわからず、聞き返すリレィ。  グォォォォォォッ  遠くで低い唸り声が響く。  まさか、今の声が、マシュ? 「あのね、やっつけてるんだよっ」  と、近くにいた母親が女の子の口を慌てて押さえる。そしてそのまま、外へと連れ出してしまった。 「さ、リレィ。外のことは男たちに任せて、あたしたちはあたしたちでやることがあるのよっ」  押し切られる形でお産に入る。  その痛みたるや、想像以上のものだった。  ……そして、後で知ることとなるのだが、壊れたマシュは村を襲った人間たちを一人残らず消し飛ばしてしまったらしい。跡形もなく、全て。  この日を境に、村は大移動を始めることとなったのだ。 *****  私は雨に濡れていた。  その時、たまたま通りかかったのがマシュだ。彼は私に言った。こんな所で何をしているのか? と。私は答えた。ただ、息をしている、と。私の手には、魔剣レイシェラが握られたままだ。 『息をしている、か』  マシュはそう言うと、黙って私の隣に腰を下ろした。雨はいっそうその強さを増す。二人とも、ずぶ濡れだ。 『付き合う必要はない』  私はそう言った。なのにマシュは、何を思ったのか私の頭に手を置き、言ったのだ。 『……君はここにいていいんだよ。生きていていいんだよ。一人が辛いのなら、私が側にいてあげる。一生、君の側にいてあげる』  はじめ、彼が何を言っているのかわからなかった。見ず知らずの男が、出会ったばかりの女に言う台詞ではない。からかわれているのだとも思った。だが、そうではなかった。 『……生きなくちゃならない理由があるんだろう?』 『……え?』 『息をしている、とはそういう意味だ。違うかい?』  私は生きなくてはいけない。  もらった命だから。生きろ、と言われたから。でも、どうやって生きればいいのかなんてわからない。だから……息をしていた。 『……よく…わかったな、』  私は小さく笑った。 *****  森の奥深く、その村は存在する。  誰にも邪魔されることなく、ひっそりと静かな暮らしをしている村。その中に、私は身を置いていた。  憎き『魔』の血を受ける者。  それ故に世間から弾き出され、どこにも帰る場所がない人々。  私も同じだ。  『魔』に取り憑かれ、帰る場所をなくした。やっと見つけた安息の地は、奪い去られた。 『リレィ、生きるからには、幸せでなくちゃいけないよ』  マシュはそう言うけれど、私にはどうしても受け入れられなかった。  時々思う。人は何故、感情というものを与えられたのだろう。何故、それを表す為の言葉というものを覚えたのだろう。今日を生きることだけで手一杯の花や虫たちを見ていると、羨ましく思うこともある。彼らは何も感じない。生きることにも、死ぬことにも、常に前向きで、静かに、強い。何も語らず、命というものをいつも全面に出して生きている。  私はあのとき、自らの命を絶つことも考えていた。けれどカリムにもらった命、無駄にすることなど出来ない。彼と一緒に生活した日々を、私は一生忘れない。辛くとも、悲しくとも、絶対に……。 「マー、マー…、」  歩き始めたばかりのシェスタがご飯の要求を始めた。私はふっと微笑み、彼を抱き上げる。小さな重み。彼を見ていると『生きる』ということがどういうことなのか、思い知らされる。私とマシュの、宝だ。 「リレィ、荷物はこれで全部か?」  両手に荷物を抱え、マシュ。私は頷くと、 「みんなは、どう?」  と、聞いた。  国に申し立てをし、きちんと市民権を得た村人たちは、国から指定された土地に新しく家を建てることになった。ようやくその日を迎え、引越し作業に追われていたのだ。 「大体みんな終わったよ。これで安心してシェスタを育てられるな。なー?」  私の腕の中でニッコリ笑うシェスタを見、マシュが目を細める。  私は、幸せだった。  カリム、私は幸せだ。  お前にもらったこの命、大切にすると約束する。  だから、だからどうか……私を許して欲しい。こんなに幸せで、こんなに切ない私を、どうか…許して欲しい。 ~FIN~
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