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プロローグ
『……知らなかったろ……』
苦痛に歪めていた顔を少しだけ、和らげてカリム。
『え?』
私は心の動揺を一切押し隠して、カリムを見ていた。
『俺、お前の事、好きだったんだぜ』
ズシリ、と胸に響く。
『……過去形なのか?』
ふっ、と笑って見せる。
『最後の我侭だ。キスしてくれよ』
私はわざと眉をしかめて見せた。今、そんな言葉を聞きたくはなかったからだ。
『バカか。その台詞はシラフのときに言ってくれ』
『俺はマジだぜ?』
わかっている。もう、彼にはわかっているのだ。だとすれば拒む理由はどこにもない。私はゆっくりと顔を近づけ、カリムの唇にそっと触れた。
『間違ってもこんなんで満足するなよ、お前らしくない。めくるめく快楽はまだお預けなんだからな』
『……ああ、そうだな』
カリムが微笑んだ。それは、極上の笑み。そして目を閉じ、彼は死んだのだ。もう、何をしても目覚めることのない世界へ行ってしまった。私だけを残して。
……いいや、
私は傍らに横たわる剣を見た。
忌々しいあの化け物を封印した剣。
カリムの思いが込められた、私にしか扱えない一本の魔剣。これからも、私はこの剣と共に生きねばならないのだ。
そういう、運命なのだ。
*****
「……リ…レィ?」
耳元で発せられた声に驚いて目覚める。起きあがった私を見つめていたのは、マシュ。
「……夢を…見ていた」
私は体中に汗をかいていた。まだ、あの日の事を鮮明に覚えている。あれからもう随分長い年月が流れた筈なのに……。
「大丈夫だよ、リレィ。もう怖い夢は見ない。大丈夫……」
マシュの手が優しく私の頭を撫でる。心地よく、頼もしい手だ。私はマシュに甘え過ぎているのかもしれない。時々そんな風に思いながらも、安心してしまう。
『ここにいていいんだよ』
たった一言で私は救われた。マシュの優しさと、私の弱さ。私は、ずるい女かもしれない。それでも、生きなければならないのだ。
私を縛る鎖を断ち切る事は、一生出来ないのだから。
「しかし驚いたな、リレィが倒れるとは」
マシュが悪戯っ子のように笑った。
「それはどういう意味だ?」
なにやら含みのある言い方に、私は少しムッとする。
「いや、だってあのリレィが? って思うだろ? 君を知っている人ならさ」
「……確かにね」
破壊の女神とまで言われた私が風邪で倒れたとあれば、可笑しくもなるだろう。
「さて、じゃあここらで本題に入ろうか」
「ん?」
マシュの声色が微妙に変わったのを感じ、私は緊張した。心なしか厳しい目。もしかしたら私の体、よくないのだろうか?
「君の体のことだ。リレィ、実はね、」
マシュは私の手を取った。そして私は、とんでもない真実を突きつけられることになるのだった。
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