閉じ込めた光の姿は

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僕は入社後、配属された支社で十年余り働いた。 今ではすっかり廃れてしまったけど、全国的に有名な温泉街がいくつもあり、日本海の荒波が長い時をかけて造った雄大な景色も知られている、良い所だった。 そこで一生懸命に写真屋さんの仕事をした。 昼の現場ではあまりにバスが多過ぎて停める場所がなくなり、お客さんに並んでもらう撮影台もカメラも片付けなくてはならない事もあった。 駐車場の世話ばかりしていて、カメラマンなのに一度もシャッターを押さない、写真を売らない日も度々。 旅館では酔っ払って暴れるお客さんを抑えるのに駆り出されたり、バスに乗り遅れたお客さんを会社の車に乗せてバスを追跡した事もあった。いざとなれば何でもやったのだ。 もちろん嫌な事もあったよ。 なにしろ何処へ行ってもぼったくりの写真屋さんだと言われるのだから。 確かに原価が安いから仕方のない事だろうが、主力である千円の写真が一枚売れた場合の純利益は十円ほどしか無かったのに。 僕らの前の世代の写真屋さんは、こちらからセールスに回る必要はなかったと聞く。 有名な観光地で撮影台に座って将棋でも指していれば、お客さんの方から寄って来てくれたのだと言う。 しかし会社が大きくなりライバルが増えれば、営業に力を入れなくてはならない。僕らが売る商品は写真だけなのだから。 何千、何万。いやもしかすると何億回もシャッターを切ったかもしれない。 それらは全て商品として手を抜かず、魂を込めて撮らせてもらったつもりだ。 だけど僕らは黒き写真屋さん。本来不要な物を無理矢理撮って売りつけているのだ。毎日どっさり売れ残った可哀想な写真達は疲れを倍増させる。 やがて思う様になった。 観光写真とは観光の世界になくても構わない仕事ではないのか。 僕はもうそろそろ、一生分の写真を撮ったのではないか。 写真を撮られると影が薄くなる、等と昔は言ったものだが、撮り過ぎるのもいけないのだろう。 そんな頃だったよ。あの子の存在に気付いたのは。
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