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7.社員旅行のおわりに
やがてうっすらと夜が明けてきて、朝風呂に入れる時間となった。二人は大浴場に移動し、露天風呂につかる。
「ふー」
目の前に広がる森の緑と下を流れる小川の音に体が癒されていく。
「朝食楽しみだなあ」
そんなことを話していると後ろから声をかけられた。
「旭ぃ、おはよ」
振り返ると島崎がいた。ガラガラの声は酒焼けだろう。
「勝った?」
「聞くな、佐々木よ。俺、風呂から上がったらそのまま飯食ってから部屋に戻るわ」
「わかった」
どうやら酒を抜くために朝風呂に入ったらしい。あと一日社員旅行は続くのに大丈夫かなと旭たちは苦笑いした。
風呂から部屋に戻り、しばらくゆっくりして時計を見るとそろそろ朝食の時間だ。
「じゃあ、とりあえず部屋に戻るわ」
そして佐々木が部屋を出て行こうとした時、裾をぐいと旭が引っ張る。
「どうした?」
「あのさ……」
「え? もう一回する?」
「そうじゃなくて!」
ムッとした旭に佐々木はニヤニヤと笑う。旭が何をいいたいのか、分かっているのだ。
「キス、しないのかよ」
あれだけの行為をしたにも関わらず、キスをしていないことに二人は気づいていた。旭はどうにも佐々木がまだ信じきれていない。社員旅行から戻ったら全部夢だった、なんてことになりそうで。旭がじっと佐々木を見ていると、近寄ってきて顎を持ち上げる。
「また勃っても知らねえからな」
そのまま唇を重ねると、あっという間に舌が口の中に入ってきた。
「ん……」
ぬるりとした舌が動くたびに体が疼く。
(あ、これ気持ちいい)
唇が離れるころには、旭の目はトロンとしていた。佐々木はニヤリと笑い、旭の反応しかけているソレを服の上から掴んだ。
「ひえっ」
「ほら、したくなってきただろ」
「あんなキスされたら、したくなるに決まってる!」
「じゃ今晩も島崎に部屋代わってもらおう」
二泊三日の社員旅行は事故もなく無事、終わった。帰り際に若手社員たちが温泉よかったな、喜んでいる声をあちこちで聞いた。そして清田をはじめ役員たちが次回は若手社員の希望するところへ行こう、と言っていたのも旭の耳に届いていた。
帰路の観光バスの中は、はしゃぎつかれたのかみなウトウトしていて静かだ。旭も窓の外の風景を見ながら、眠気が襲ってきたころ。
スマホが振動してメール受信を知らせた。誰だろうと表示された相手を見ると佐々木からだった。目をこすりながら見ると……
『勢いで告白した感じになったけど、付き合うからにはしっかり愛してやるからな。覚悟しとけよ』
佐々木は別のバスに乗っているから、どんな顔をして送っているのかは想像するしかなかった。スマートフォンの画面を見ながら旭は思わず笑ってしまった。付き合おうぜ、なんて軽いなあと思っていたことがバレたのか、体から入った関係に後ろめたさがあるのか。そういえば陽気で騒がしいキャラの割には真面目な仕事っぷりに驚いたことがあった。きっと根は真面目でピュアなのかもしれない。
(……いや、ピュアはないかな)
口元が緩みっぱなしの旭。まさかあんなことをして、こんな結末になるなんて。
佐々木への返事を打ち込んで送信し、旭はスマートフォンを胸ポケットにしまうと目を閉じた。
『たくさん愛されてやるよ。お前こそ覚悟しろ』
【了】
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