1.社員旅行プロジェクト

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1.社員旅行プロジェクト

シトシトと雨の降る夜。残業時間にオフィスフロアで旭は悩んでいた。 勤務先で総務部に配属され数年。昨日、毎年恒例の社員旅行のプロジェクトメンバーに選任されてしまったのだ。先輩が以前このメンバーになった時、日常業務との両立に苦心していたのを横目に見ていただけに、どれくらい面倒なことなのかわかっていた。中でも一番大きな問題は『旅行の行き先』である。 【株式会社アンパサンド】の社員数は約七十名。社員の半数くらいが三十代の比較的若い社員の多い会社だ。社員旅行そのものは任意なので、不参加の者もいるが社員同士の仲が良いのもあり参加する割合が大きい。だが問題なのは役員の年代の『行き先』と社員の『行き先』の希望がなかなか一致しないこと。 二泊三日の行き先を、役員たちはどうしても『癒し』を求めて温泉などを好む。しかし社員たちは『刺激』を求めて都会に行きたがる。いわゆるジェネレーションギャップだ。毎年ここが一番のネックなのだと、以前のプロジェクトメンバーに聞いた事があった。 こんなに面倒なら社員旅行なんてやらなければ良いのに、と旭は思うのだが、社長が『部下と上司、役員と社員という垣根を越えての交流が必要だ』と持論を曲げないものだから、社員旅行は創立以来ずっと総務部の悩みの一つなのだ。 今回も役員、社員の行き先の希望アンケートを先週とったのだが、その集計報告をパソコンで見ながら旭は再度、大きなため息をついた。社員が選んだのは北海道や東京、福岡など、夜の歓楽街で楽しめそうな場所。対して役員が希望しているのは鹿児島や高知などの酒が美味しい自然豊かな温泉地だ。 「あーあ。この溝、どうやって埋めたら良いんだろう」 旭が頭を抱えてうずくまっていると、背後から肩を叩かれ思わず声をあげそうになった。時刻が二十一時で、フロアに残っているのは自分だけだと思っていたからだ。 恐る恐る振り向いてみるとそこにいたのは旭と同期の佐々木だった。手には缶コーヒーを二つ持っている。 「お疲れ。お前まだ仕事やってんの」 佐々木は営業部に所属しており契約先との接待だったようだ。ほんの少しだけ酒の香りがする。接待が終わったなら、直帰すれば良いのにと旭が言うと佐々木は笑いながら隣の席に座る。 「帰る途中にビルを見たら明かりがついているのに気づいたんだ。最近みんな早く帰ってるから、てっきり電気を切り忘れてるんだろうなって思ってさ。ドア開けたらお前の背中が見えたから、わざわざ自販機でコーヒー買ってきてやったんだぜ?」 「あ、ありがとう……」 若干恩着せがましいな、と思いつつ旭は苦笑いする。佐々木はこんな感じで少し強引なところがある。そしてこの性格が営業としてはプラスに出ているようで、いつも佐々木の売り上げ成績はトップに近かった。 差し出された缶コーヒーのプルタブを開け、旭はゴクゴクと缶コーヒーを飲んだ。自分でも気がつかないうちに喉が渇いていたようだ。 「こんな遅くまで、なんの仕事してたんだ?」 ひょい、と佐々木が旭のパソコンを覗く。一応、社員旅行のアンケートは極秘扱いなので、旭はギョッとして画面を隠そうとしたが遅かった。 「ああ、社員旅行の行き先か」 佐々木に内容を見られてしまい、肩を落とす旭。同期である佐々木は騒がしい性格ではあるが、秘密はちゃんと守る奴だと知っているのだが、それでもまずいと旭は慌てる。 そんな様子に気がついたのかニヤニヤ笑いながらコーヒーを飲む佐々木。 「言いふらさないから心配するなよ。でも行き先は、やっぱり都会がいいよなー」 最近少しだけ伸びた彼のパーマの髪が、いつもよりくるくるして見えるのは、外が雨だからだろうか。そんなことを思いながら佐々木を見ていると、ニッと旭に笑顔を見せた。 「旭の力で、都会に行けるようにしといてくれよ。夜の繁華街、みんなで闊歩しようぜ」 佐々木に思い切り背中を叩かれ、旭はコーヒーを危うく吹きそうになった。 身長が十センチ弱、旭より高い佐々木は何かと上から目線で話す事が多い。いつもならその頼まれごとはやってやるのだが、今回だけはどうしようもできそうにない。 「あまり期待するなよ、行き先いつも揉めるんだから」 「大丈夫だって、俺、旭くんのことを信じてるからさあ」  そう言う佐々木に旭はまたため息をついた。世の中、どうにもならない事があるって言うのに。毎年ほぼ役員の希望どおりの行き先になるのはサラリーマンの哀しい性だ。そしてもう一つどうにもならないのは…… ケラケラ笑う佐々木の顔。それをちらっと見て少しだけ頰を赤らめる旭。そう、旭が抱く佐々木への恋心。それもまた、どうしようもないのだ。 *** 旭が佐々木のことが気になっていたのは入社式の頃から。一重の瞳に茶髪のパーマ、身長が高く、細身のスーツを着てはいるものの、決して華奢に見えるわけでもなく、ちょうどいい体つき。自分の理想の相手が、まさに佐々木だったのだ。 職場でのカミングアウトをしていない旭は、いつもこっそりと佐々木の様子を見ていた。旅費の出張申請方法を聞きに来た時や、電球の球が切れた、と総務部に佐々木が来るたびに、ちらほらと目でその姿を追っていたのだ。ただその姿を追っかけているのは旭だけではなく、他の女性社員も一緒。それを知った時、旭は若干肩を落とした。 佐々木はきっとそのうち彼女を作って、一緒に暮らすようになるのだろう。幸せな家庭を作って、扶養の手続きを総務部である旭が行うのだ。そんな日がそんなに遠くない将来起こってしまう。 (ああいやだな) その日までに総務部から離れたい。むしろ、佐々木にそういう噂が立ったら退職してしまおうか、と思うくらい旭はネガティブな思想になることもある。 今回の社員旅行は色々めんどくさいとはいえ、佐々木の顔を長い時間見れるし、プライベートな 時間を共有できるとあって、実は楽しみにしていた。できることなら佐々木達が望む場所に連れてってやりたいのだが……
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