就職した会社が悪の秘密結社だったんだけど、どうしたらいいですか?

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 一瞬過ぎった疑問は、ああよかった、一安心です、と嬉しげに手を胸の前で握り合わせながらのおじ様の声で霧散しました。おじ様に、眼鏡さん。そう、いきなり面接が始まったから、お名前を訊いていません。そろそろ教えてもらえると助かるのですが…。今さらこちらからは聞きづらいですし。  でもお2人は名乗っていないことに気付いていないようで、入社を前提にした話へと、どんどん進んでいきます。  どうしたものかしら? 遅まきながらお名前を聞くべき? などと考えあぐねていたら、雇用条件はこちらです、お目を通していただき、よろしければサインを、と紙の束を渡されました。半ば上の空で頷いて書類になおざりに目を通し、入社同意と秘密保持契約にサイン。これで晴れて正社員だね、そんな言葉を聞いて、現実感が喜びとともにつのってきました。正社員。不安もあるけど、やっぱり嬉しい。昨日までお先真っ暗だったのに、と思うと、霧が晴れたような気分です。         ***  込み上げてくる微笑(というか、にやにや笑い)を抑えつつ、神妙な顔で2人のほうを見ると、眼鏡さんが立ち上がり、部屋の隅のホワイトボードの前に立ちました。 「ではこれからは、わが社の決まりごと、福利厚生について、ご説明します」 「決まりごと?」  福利厚生はわかるけれど、決まりごとって何? そう思って問い返す私に、眼鏡さんが重々しく頷き、 「ええ。これからお話する内容は社員にのみ知らしめているもので、ホームページなどではご紹介していないものです」  そう前置いて、ホワイトボードに、1. 昼食、と書きました。見た目の几帳面さを裏切る、意外と大雑把な字です。 「社員には、諸々モニター協力してもらっています。人々の暮らしをよくする会社の方針に沿ったものなので、協力する側にも少なからぬ恩恵があるものです」 「なるほど」 「で、まずは昼食です。基本的に、わが社が提供しているお弁当となります」 「はあ」  おしゃれに外食ランチ、とかできないのね。まあ、ここ、周りにお店とかないし、しかたないか。そんな私の一瞬の落胆を見逃さなかったかのように、ですが、と言葉が継がれました。 「和洋中、エスニック、軽食からボリューム感あるものまで、選択肢は豊富です。そこらのランチより、ずっと充実しているくらいです。どのメニューも塩分や脂肪分はきちんと管理されていて、味にもとことんこだわっています。健康のためとはいえ味に我慢が必要なようでは、長続きしませんからね。  また、モニター試食なので、感想等はいただきますが、無料です」 「無料!」  いいですね、それ。無料なら、万一自分の舌に合わなくても、1日1食くらい目を潰れます。  さらに、と言葉を継がれて、我に返りました。いつの間にやら、ホワイトボードのほうにかなり身を乗り出していました。いやしんぼと思われてないでしょうか。ああ恥ずかしい。 「さらに!」  私が中腰のまま赤面してもじもじしていたのを話を聞いてないと受け止めたのか(確かにあまり聞いてなかったですが)、眼鏡さんが、いつの間にかホワイトボードに書き足されていた 2. 運動、の文字を指しながら声を張って再び話し出しました。 「朝と午後に、軽い運動の時間があります」 「運動ですか」 「はい、さわやかな朝は適度な運動から。軽い体操を、始業前に行ないます」  何か聞いたことがありますね。朝全員でラジオ体操をするとか、このことで能率が上がるとか。今どき、こういう会社は珍しそうですが、 健康志向の会社ですからこうしたことを今も取り入れているんですね。 「午後も、再び体を動かしてリフレッシュします」 「はい」 「昼食後は、お昼寝の時間があります」  3. お昼寝、と、書きながら、眼鏡さんが言葉を継ぎます。え、お昼寝って、保育園とか幼稚園でやっているあの 「お昼寝?」 「そうです。昼食後に数十分ほど睡眠をとることで脳がすっきりし、午後のたるみがちな時間もだるさなく働けます」 「ああ、聞いたことがあるかもです」  そう言う私に、それは結構、と、おじ様が口を開きました。 「ある意味ね、実験なんです」 「実験?」  聞き返す私に、おじ様はにこにこして頷きました。
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