パニック!

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パニック どうせ今日も、何も起こらない―― 経験則に基づいて脳味噌が考えた直後、彼は自己嫌悪に見舞われた。 嫌味ったらしいというか、厚顔無恥というか。 人は人に自身の成功をひけらかして自慢するべきではない。 ご丁寧に20代という年齢まで臆面もなく見せつけて。本人からすればテレビ局スタッフが勝手につけたテロップだと、言い訳するところだろうか。もっとも本当に意思があるのなら、  言い訳も、大衆をバックに付けた売れっ子様なら許されるのだろう。信者達を使い魔の様に飛ばし、 『』  きっと、そう答えるのだろう。 悪かったな、 気分が悪い。俺は朝起きて、眠たい頭を起こそうと、音楽を聴きたかっただけなのだ。にもかかわらず、人生の成果の少なさを論われる  嫉妬して何になるのだ。  暗い考えで、何が得られるというのか。 『ダメですよ? わかってるの?』  母親に言われた言葉を思い出し、溜息を漏らす。 まるで『目下の者への教育』という優位性を陣取れている戦況が、腹の底から嬉しくて堪らないという様に見えて仕方がなかった。実の息子にマウントを取って楽しむだなんて。そう理解した時に芽生えた怒りは未だに消えない。  だが過去への怒りに囚われる行為は、未来へ繋がらないのだ。  もっとも、分かっているのなら最初から、思い出して腹を立てるな、というばかりだが。なぜ、自覚しておきながら過ちを犯すのか。 もう何回目だろうかと思った時、自分が犯した過ちの回数すら把握していない愚かさに気付く。記憶力まで悪いのか。 記憶する程でもないと自分の過ちを軽んじる責任感の無さ 『いい年して恥ずかしいじょ~~?』  酒に酔った父は、そう微笑んていた。  嘲っているかのような口調は、人生における敵対者と判断するのに十分だろう。母の有頂天と並んで、忘れられぬ肉親の醜態。  いや、待て。なぜまたも過去の怒りに囚われているのだ。前を向け、前を。未来を見ろ。明るい未来を見据えるんだ。  憎き人間の言葉でも、しっかり取り入れろ愚図が。責任感を身につけなければ。  責任感は社会人にとって欠かせないものだろう。その責任勘の無さを満足に自覚していない。自覚しているのなら、同じ過ちを繰り返すハズはない。  学習能力が備わっていないのか。だとしたら、これからも同じ過ちを繰り返すだろう。  ――繰り返すだろう? そんな後ろ向きな発想が  備わっていないだなんて、 生まれつきない、先天的な欠損であるような言い方は、生まれつきだからしょうがないという甘えの現れ。責任感の無さの発露。  今しがた責任感がないと把握したのに、数秒後には同じ責任感の無さを曝け出す。  学習能力がない、いや育てて来なかった。自分自身が教育してこなかった。なんという怠惰。俺は怠け者が大嫌いなんだ、生理的に受け付けないのだ。  だから、思い切り怠け者の顔面を殴りつけた。貧弱な拳で頬を打ち据えると、顔が少し痺れて痛む。甘い。この程度の威力では、甘やかしも甚だしい。  と、自己分析ごっこをしている暇があるなら、行動に移せ。行動力が足りてないと、自省をしながら再び殴りつけた。  人生は短い。一刻も早く、学習能力を育てない堕落した人間性を矯正しないと。  とはいえ、その方法が自傷行為か。学習能力が欲しいからと自分で自分に暴力を振るうのか。体罰は指導力に欠けた無能が選ぶ方法だと、テレビでプロの教育者も証言していたじゃないか。忘れたのか。健忘症なのか。だったら通院しろ。治せ。治療しろ。病人が症状で社会に迷惑をかけるなと、ネットでも頻繫に書き込まれているじゃないか。  不意に昔読んだ漫画を思い出す。  そのキャラは 足掻けば足掻くほどに人生が悪い方へ転がり、最後は非業の死を遂げた。 『おれは幸せになりたかっただけなんだよ!!』  敗北するキャラのセリフ。 『自業自得だ--!!』  それを批判する主人公のセリフが反響する。  さっき聞いたせいで耳にこびり付いている楽曲をBGMにして 漫画のセリフが続々と堰を切って流れ出し、響き合う。  きっと俺も、大差ない非業の死を迎えるんだろう。  溜息を吐いた後、ネガティブな思想へ憑りつかれている愚かな自分を慌てて殴りつけた。同じ過ちを繰り返しやがって--と、また体罰に頼った愚かな自分へ気づき、自省をしなければと反射的に手を上げた。 「いやっ、だからぁっっ」  体罰を選んだ自分を罰するために体罰を選ぶという愚の骨頂に、沸々と怒りがこみ上げてくる。  なんの成果も出ていないではないか。 『そんなんだからダメなんだよ』と、熱心に取り組んだクセに一切結果を出せなかった部活動の結果を嘲笑う母の姿が連想されて目に浮かぶ。  照れて話しかけられなかった俺を、 陰キャが嫌いで仕方がない母は生理的な嫌悪感を抑えきれずに『気持ち悪くてゾッとしたよ』と目に涙を浮かべながらハンカチで二度。三度と叩いた。  母を見返そうと  それなのに責任感を持たず  『ハゲ!!ハゲ!!!』と道行く子供に笑われても、言い返すことも、学校名を聞き出して通報することも、殴って叱りつけることも一つできなかった愚図。 「なんでだよ!!」  不甲斐なさに声を抑えきれず、怒鳴り御を上げながら布団に突っ伏す。  洗い忘れた布団は汚くて臭い。家事も手が出ない無力さへ、一層に不快感が増していく。 「なんでだよぉぉぉ!!!」  本能的に拳を振り回しながら、声と唾を巻き散らす。  おい、待て。『なんでだよ』だと。  分からないのか? そんなこともわからないのか? 疑問が浮かぶというのか。  決まっているだろう、お前が清潔感がなく 怠け者だからだ。 そんなこともわからない脳味噌なのか。 わかろうともしない怠け者だからだ。今日、今この瞬間を以ってわかれ。二度と履き違えるな。    お前は愚図だ。二度も言わせるな。 『お、童貞発見wwwwww』と動画サイトのコメント欄で返信されても、何も返信できなかった愚図だ。ゆめゆめ忘れるな。自分が犯した過ちを忘れるな。繰り返さないためにも、海馬に焼き付けておけ。 だから小学校の時、『オトコなのにダッサイよ?』とクラスの容姿が醜い女子から罵倒される屈辱を味わうハメになるのだ。  それにしても、この時代に「容姿が醜い」とルッキズムを発揮するだなんて。世間の潮流についていけないなんて。しっかり時流を掴まなければ、世界から必要とされる人間にはなれないじゃないか。  でも、それでいいのか。お前は迎合するだけでいいのか。確固たる意志はないのか――いや、待て。ということは手前は確固たる意志で他人の容姿をあげつらおうと考えたのか? そんな醜い容姿で? 鏡を見ていないのか。  お前自身も均一が取れていない骨格に、薄汚れた皮膚をしているだろう。言う資格はない――いや、資格がない、だと? お前に物事の資格があるかないかを決定できるだけの力があるのか。そもそも判断する力があるのか。不細工と定義された人間が、相手を不細工だと想う権利を奪おうとしたのか。長い歴史の中で先人達が積み上げたものを、まるで敬っていないではないか。もっとも、この程度の話題で歴史を持ち出す大仰な思考もどうかと思うが。  それにしても自分が謙遜したいがために、自分で自分を客観視できているのだ、という安心感を得たいがために偉そうに物事を判断しやがって。阿呆が。  主語もつけずに結論づけやがって。  主語がないということは、一般論として手前は思考しやがった動かぬ証拠だ。逃げられると思うなよ。  なんて杓子定規な考え方だ。物事を一律でしか考えられないのか。自分に当てはめた尺度をなぜ、一斉に全員へ当てはめようとしたのだ。思考力が低すぎる。  これで時間を浪費している。生産性がない時間を過ごすから、満足できる思い出が俺にはないんじゃないか。思い出話が一つもない状態で入った中学を思いだせ。  運動会も愉しんだ思い出が無いせいで『一緒にいても楽しめないヤツ』と判断されて中学に溶け込みそこねて、また思い出が作れなかった中学時代を思い出せ。それによって、高校で友達を作りたくても、自己アピールする実績が無さ過ぎて通用しなかった失態を思い出せ。 一体俺には、何回あるんだ。何もできなかった思い出が何件あるんだ。というか、その回数も覚えていないではないか。失敗した回数を、失敗の一つ一つを大切に噛み締めていないから、このような目に遭うのだ。    どうせ、俺みたいな弱者男性が犯罪を起こすと決めつけられているのだ。もし俺がまんまと世界に対して反撃でもした日には、「待ってました」とばかりに捕獲される。気持ちの悪い生産性もない弱者男性を裁く絶交の機会を、我々の生理的な嫌悪感が正しかったと照明する機会を、賢しい世間が見逃すハズはない。こんなハゲで責任感がなくてダメな童貞と一緒に人生を楽しみたい者なんているわけがないのだから。いたとしたって、以上性癖者なのだから。 事実、小学校で『輪の中にいるって思わないで欲しいんだけど』と苦み走った顔で叱られたじゃないか。 だとすると、お前は小学校の時から何も変わっていないという結論になるが、それでいいのか。それに甘んじるのか。甘んじていろカスめ。 憎悪を抑えきれず、またしてもアゴを殴りつけてしまった。 「だからぁ、頼んなよぉ、暴力にぃいいいい!!!」  毛量に恵まれてない黄土色の皮脂だけに満ち溢れた頭皮を掻き毟る。 『いい年して恥ずかしいじょ~~?』『そんなんだからダメなんだよ』『オトコなのにダッサイよ?』『ハゲ!!ハゲ!!』『お、童貞発見wwwwww』『輪の中にいるって思わないでくれる?』『え、何で張り切ってんの?』『おい、アイツ友達になりたい空気だしてるぞ』『なんで、あんな臭いの?』『風呂入らないだけであんな臭くなる?』『ねぇぇニキビ直しなよぉぉぉ、毎日顔を合わせてるコッチの気分も考えてよぉぉ!』『なんだぁ、まだぁだお漏らし直んねぇのかぁ?』 「だまっていろよぉぉお!!!」  頭を掻きむしる。二の腕を掻き毟る。弛んだ腹を搔き毟る。前歯を掻き毟る。 なぜ、何故俺がこんな目に。こんな境遇に。世界中から罵倒されなければいけないんだ。 飲酒運転だって イジメだって 不倫だって 詐欺も恐喝もしたことがない。前科が一犯もないのだ。体にはタトゥーなんて馬鹿なものも入ってないし、肥満体でもない。 それなのに、何故俺は世界中から罵倒されているのだ。 静寂が欲しい でも、黙らせるために説得をしても、バカだから分からないだろう。納得できないだろう。コッチが完膚なきまで論破しても、論理が通じない輩は己が死に気づかず悪霊の様に障り続ける。 だが、『納得出来ないだろう』という言い回しはなんだ。あくまで責任転嫁するつもりか。自分の交渉術の低さを棚に上げてないか。棚に上げ過ぎて、棚が重みで落ちてくるぞ  しかし噴飯ものだな。『棚が重みで落ちてくる』だと? 旨い事でも言ったつもりか? この事態に及んでも、なお巧いことを言おうと願う余裕がる、つまりは危機感を持っていないという証左か。  『証左』……それ、『証拠』で構わないだろう? なぜ、わざわざマイナーな表現を選んだんだ? 待て、そもそも『証左』は『証拠』よりマイナーという認識は何だ? ちゃんと辞書を引いたのか?  個性を演出しようとしやがって。承認欲求を抑えきれないのか。大体、承認欲求とは何だ。ここに一人しかいないのに承認だと。誰に承認されるつもりだ。周りに人がいるかいないかも理解できないのか。低能過ぎる。知能が低過ぎる。 「くそがよぉおぉお」  疲れて布団へ沈み込む。  鼻腔をつく、饐えた匂い。  布団を洗うという考えがすっかり消えていることに気が付いて、記憶力の無さに腹が立った。何だったら覚えられるんだ? 何も覚えないさ。どうせ、これからも重要な書類の提出も忘れたりして、問題を起こすんだ。  重要な書類――ここで、具体的な書類の種類や名前が出てこない発想の傾向に、社会経験の少なさが滲み出ている様で不愉快だ。  三十歳を超えて、まだこのレベルか。 『ね、ダメだって言ったでしょ?』  予想の中で得意気に心底嬉しそうにニッコリ笑った母親の嬉しそうな醜い笑顔がクッキリを脳裏へ浮かんだ。 「ちょっと黙ってろよ! だから!! 何回言わせんだよ!!!」  いや、一人で何を言っているんだ。誰にも話しかけられていないのに。 「ああああああああああああああああ」  奇行に走った自分へ殺意が沸いた。  いっそ殺してやれよ。人生に大切なのは実行力だ。『思い立ったが吉日』と小学校でも習っただろ。学んだ知識を活かすんだ。  でも、待てよ。  何もせずに死ぬつもりか。実績は。爪痕は。何も残さず死ぬつもりか。世界に負けて終わるつもりか。  一矢。一矢だけでいい。一矢報いたい。 それぐらい、いいではないか。これだけ罵倒されてきたのだ。蔑まれてきたのだ。嘲られてきたのだ。抑圧されてきたのだ。  俺が参入する前から友達が出来ていたせいで、俺が入る隙間がなかった。  発達障害と精神疾患と遺伝性疾患のいずれも持っていないであろう健常な女子は全員 男子とくっついていたせいで、俺に彼女ができなかった。  取り分が残っていなかったのだ。世界にある幸福は、もう俺へ許可なく取り分け終えられていたのだ。  屈服して遺伝性の発達障害を抱えた女とつがいになってみろ。発達障害を持った子供でも産んでみろ。幸福の巻き返しを得るどころか、子育てのストレスで不幸が積み重なるばかりだろう。  もしも可愛い姿を、健康的な成長を見せてくれればいいが、発達に障害があるのだから、発達しない。俺の様に。両親から『育てがいが無いでがんす』と言われた俺のように。  コミュニケーション能力の発達に障害があるのだから、友達と遊ぶ微笑ましい光景なんか、親である俺に見せてくれない。『挨拶もできないの?』と保育士から呆れられた俺のように。どん臭い姿を見せて、苛立たせてくるだけだ。スポーツに打ち込んで、爽やかな汗や涙を流す姿なんて見せてくれない。『アイツ、どん臭過ぎじゃね?』と爆笑された俺のように。運動機能の発達が阻害されるのだから―― 「え、何様?」  お前は、今、明確に差別をしたぞ。子供を授かっても尚、そうして差別をするのか。人を傷つける言葉を吐くのか。医療の専門家でもない癖に、偉そうに『発達に障害があるから』と論じるのか。恥を知れ! 人情に欠ける者に生きる資格はない! 今ここで首を括れ!  いや、それは欺瞞だ。偽善だ。世の中には現実に、俺のような人間が存在しているじゃないか! 俺の存在をなかったことにして、話を進めるな! 俺の基本的人権の尊重をしろよ!  いや、何様だ? お前に人権なんて必要なのか? 犯罪者たちに対する世間の声を見ろ! 人権を尊重して欲しいと願っている声がいくつあった! 数えてみろ! どうせ数えねぇんだろうけどな! お前は実行力がないから!  ってか、何一人で頭の中で喋ってるの? 議論してるの??? 気持ち悪いんですけど???  議論しないと分からない者など死ぬべきだ。生きる資格はない――と、またか。また資格があるかないかを判断しようというのか。  いや、この程度のことは判断できるだろ。常識的に考えろ。  でも、そうやって常識に囚われないと判断を下せないんだな。自分の意思で判断できないんだな。常識にタダ乗りして、自分の脳は使わないんだな。  しかし、この期に及んで自分の意思で判断だと? そんな能力があると思っているのか?  でも、失敗を恐れずに経験値を積まないと成長しないではないか。  ということは、失敗して構わないと思ってるのか? その失敗で被害を被る周囲を考えていないのか  っていうか、『被害を被る』は二重表現だろ。間違っているだろ。日本語も使えないのか。それに『間違ってる』じゃなくて『間違っている』だろ。ほら、言った傍から間違えてる――いや、『間違えている』、だ、バカ!  それにしても、重箱の隅を楊枝でほじくる様な意地汚い粗さがしだな。  なんてほざいて、言葉を大切にしないつもりか? 孔子の『正名論』を忘れるな。  言葉。それも使えないんだ。なら一生、他人と意思の疎通が図れない。社会に溶け込めず、嫌われる。村八分になる。  いつか世間に対する過剰防衛を耐えきれずに犯し、大喜びするマスメディアやメディアのコメント欄で歓喜の渦の中でアイデンティティをリンチされる。  なんて人生。なんて惨めな人生。俺はリンチされるために生まれてきただなんて……。 『自業自得だ--』  違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!  それも、どうせ負け犬の遠吠え……。  待てよ。  人生の末路が見えた時、気づく。 「まだ何も起きてない」  そうだ。俺は朝の6時に起きようと思ったら、二度寝して6時20分に起きただけだ。 大音量の眩い走馬灯に眩む眼を、嚙み過ぎて爪がボロボロになった指で覆いながら。 何もせず、ずっといるのだから。何も起こさないまま三十五年間、ずっと子供部屋の中にいたのだから。 「うぁえええあああ……」 ふっと力が抜けてゆく。 そして、頭が冷静になる。 「え、何も起きてない、ってなに?」  20分。確実に、如実に20分をムダにしている。その事実から目を背けようとした? 時間という取り戻せないものを浪費して、  過去の罵倒をいつまでもウジウジと記憶して 勝手にパニックになっている  その勝手なパニックで、また時間を浪費している。  この学習能力の無さ。そもそも学習能力がないという話題を、俺は何回出した。一回で済ませることも出来ず、何度も何度も繰り返す自称行為。  こんな自傷行為、なんとも悪趣味な自慰行為じゃないか。 部屋で一人でシコり続けている内に、時間を浪費して肉体が老化してゆく。 「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」  床を叩いてのたうち回り、怒りを緩和しようと脳細胞が判断したのか「あはは」「あはは」と不自然にほうれい線へ皺を刻みつけてパニックを起こし続けた。
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