ピエロは笑う

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 *  *  *  冷たい雨が体を打つ。いや、既に感覚などありはしない。わたしは誰もいない裏路地の突き当りで、命を終えようとしていた。  わたしの体を貫いたあの娘は、真っ白な表情をしてこちらを見下ろしていた。感情をどこかに置き忘れたような無機質な顔。それは、追い詰められた結果、心が壊れてしまった抜け殻のようだった。  彼女といるとき、その心の内側に何かを押し殺していると感じる瞬間があった。上司として、彼女の心をケアしようと相談に乗るのは当然の務め。少なくともわたしはそう思っていた。その結果、突然ナイフで刺され、こうして人生の幕を引こうとしているとは、おせっかいにもほどがある。わたしがかけ続けた言葉は、彼女にとっては呪詛に等しかったというわけだ。  薄れゆく意識の中、わずかに誰かが近づいてくる影を見たような気がした。死神でも迎えに来たかと思ったが、あの白いパンプスには見覚えがある。間違いなく彼女だ。  わたしの生死を確かめに来たのか、それともとどめを刺しに来たのか。救おうとした相手に殺されることよりも、彼女に気持ちが伝わらなかったことが心残りだ。
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