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気がついたとき、わたしは大雨の中で血のついたナイフを握りしめていた。
目の前には、コンクリートの壁にもたれ掛かり、うなだれた姿で雨に打たれる男の姿。その胸元からは赤い液体が流れ出て、アスファルトを赤黒く染めている。
彼はわたしが務める会社の直属の上司だ。暴力こそ振るわないものの、何かにつけてわたしの行動を非難する。最近では顔を見るのも嫌になっていた。
彼さえいなくなれば、全て丸く収まる。確かにそんな風に考えたこともあった。でもそれは、あくまで想像上の話だ。実際にやるわけがないし、やれる度胸もない。
体がガタガタと震え、視界がグルグルと回る。
わたしは咄嗟にナイフをコートのポケットにしまうと、ふらつく足取りでその場を立ち去った。
夜の闇の中を彷徨っているうちに、いつの間にか雨音が聞こえなくなっていた。立ち止まって辺りを見渡すと、前方からぼんやりと光る何かが近づいてくる。
「迷っているようだね。話を聞こう」
それは白塗りの顔面に派手な化粧をしたピエロだった。全身に薄紫色の光をまとい、笑いながらこちらを見ている。
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