サルとタテワキ

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「お言伝っても…なぁ」  事情は分かった。この謎の生き物…いや生き物かコレ?…に手と膝をつかまれているのに、水色の瞳に目が吸い寄せられるし、理不尽に怒ったり変に凹んだりせず、落ち着いて考えているのが自分でもおかしかった。 「心配性なんだっけ。なら、オレが返事しちゃったから『タテワキを呼んだらほかの人が返事するんじゃ』ってなってたりしてない?」 『あっ』 「それ、オレが近づいたら逆効果じゃない?」 『うむむ…困りました…』 「つか、オレも困ってるんだけど…ただでさえ補導されそうな状況なのに、お化けから伝言ですなんて言いに行けないって」 『……うむむ、本当に困りましたね……』  悩んでいたら、駅員が来て、帰っていいと言った。 「話を聞いたら、緊張を解くおまじないを唱えていたら、まさか同じ名前の人がいて返事されたから驚いて倒れた、ということだから」  話の間に、当のお嬢様が部屋に入ってきた。まだ真っ青で、横に女性の駅員さんがついている。 「あ、あ、あの…ご、ごめ、ご迷惑を…」 「いえ、こちらこそ思わず返事して、すみませんでした」 「あ、いえ、あ、あああの」  また、お嬢様の顔色が悪くなっていく。  下を向くと、まだ俺の膝の上にいる左手が、少し強く握った。  …どうせこれきりだ。いいか。 「あのさ」 「あ! …あ、は」 「オレ、沙流川帯刀っての。みんなからは『サル』って呼ばれてる。サル」 「サr…あ」 「サル。アンタもそう呼んでいいよ」 「サr…えっ、あの、と」 「だから、もうあんたのおまじないには反応しない。オレはサルだから。嘘だと思うなら、今ここで言ってみなよ」  お嬢様はハッとして、少し顔色が戻った。胸の前で両手を握りしめる。 「タテワキ…タテワキ」  オレは無視した。  きっと手…と目…が出てこれたんだろう。お嬢様は、組んだ手を見てホッとした顔になった。顔色もよくなった。「バラ色のほほ」とかいう表現を読んだことあるけど、こんな感じなのかな、と少し思った。  落ち着いたお嬢様は、姿勢を正してオレに頭を下げた。 「この度は、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」 「いえ、オレの方こそ」  左ひざにいた左手は、いつの間にかいないなくなっていた。お前はひとこと礼を言っていけと思ったが、呼び戻すのはやめた。
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