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「じゃあなサルー!」
「…おう」
「えっ、普通に返事した!」
「電車ん中だけな」
「ついに自分を『サル』と認めたか!」
「認めてないし電車ん中だけだっつってるだろ! さっさと降りろ!」
電車内だけ「サル」を解禁した。お嬢様がドコに乗ってるか分からないからだ。あの時ホッとした笑顔や、真摯に謝る顔がなぜか頭に焼き付いてるけど、いい顔すぎて逆に記憶を疑うレベルだ。自信がない。なるべくあの女子高の制服には近寄らないようにしてる。
「あっ」
アスカお嬢様だ。こっちに背中を向けてるのに、なぜ気がついたんだオレ。とにかく、ちょうど降りる駅だ。無視して降りた。
通りすがりに「キムラさん…」とつぶやくのが聞こえた。
タテワキ、解雇されたのか。しっかりしろよ。
駅を出たら、クラスメイトが自転車で通り過ぎた。
「おうサル!」
「帯刀と呼べ」
「でもサルを受け入れたって進藤がクラスのラインで言ってたぞー」
あの野郎…!
「電車の中だけだ、帯刀と呼べ!」
遠ざかる奴に怒鳴ったが、聞こえなかったかもしれない。まったく。ラインで釈明するためにスマホを出すと、大きな左手がオレの手をスマホごと握った。
『人間の帯刀さま! お会いしたかった!』
「!」
とりあえず駅の壁際に寄って、電話するふりをしながら、化け物と会話する。
『人間の帯刀さま、先日はお礼も言えませんで大変失礼いたしました…本当にありがとうございます! 不肖タテワキ、あなた様にも恩を返しt』
「いいよもう。それよりお前なにしてんだよ」
『ご安心ください、お嬢様にはただいま右手が』
「そうじゃなくて。さっき偶然、ほんとーうに偶然な、近くを通ったけど、お前じゃなくて『キムラサン』って呼んでたぞ。あ、たまたま聞こえただけだからな! お前呼ばれなくなったのかよ」
『ふふ』
タテワキは少し笑ったような気がした。手が笑うってなんだ。
『そういえば、近頃は電車でキムラサンをお呼びすることが多いようでございます』
「へえ。お前の仲間か?」
『そうでございますね』
「しっかりしろよ。恩返しするんだろ」
『もちろんでございます。ところで、アスカお嬢様は、広大な山地を所有する一族ですが』
タテワキは急に話をそらした。大丈夫かよ。
『山にも決まり事がありまして、使ってはいけない言葉というものもございます。その場合は、別の言葉で言い換えるのです』
「へえ。それよりお前」
『たとえば、サルのことはキムラと言い換えます』
(了)
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