世界の果てまで僕らは逃げた

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    *  男子ばかりが通う学校の寮は、街から離れた場所にありました。  前日までただバカ騒ぎをするばかりだったあの場所でも、あの報せがあっという間に駆け抜けていったのを覚えています。  衝撃を受け、誰もの顔色が変わりました。  きっと他の場所でもそうだったのでしょう。街中でも片田舎でも、都会の会社や電車の中でも、あのニュースは一瞬のうちに駆けめぐり、きっと誰もがショックを受けたに違いありません。  報せはテレビのニュースでばかり流されたわけではありませんでした。どの年代にもどの層にも知らしめるように、新聞やSNSのトップにも、常に掲載・表示されるようになっていました。  連日連夜の人々の騒ぎも抗議も反対運動も、何も意味を為さないまま、無視され黙殺され、それはすでに決定された事実となりました。  偉い人が言いました。  私たちの生きるこの国も、戦争が「できる」ようになったのです、と――。  まるで誇らしいことであるかのように、老いた醜い人たちがそれを決めて高らかに宣言をしたのです。  そうしてすぐに、僕らの国は忌み嫌い避け続けていたはずの「それ」に巻き込まれてしまいました。  戦場へ送り出された大人たちはすぐに足りなくなり、僕らが送り出されようとする段階に来ていました。  人口など減り続けるこの国で戦力として数えられる者など多くはないというのに、それをますます減らそうというのです。  あの時の僕らはまるで狩りの標的となったかのようでした。  実際のところ、年齢的にも性別的にも、「それ」に僕らは適任だったのです。上の世代の人たちよりも体力がありながら、指導・管理ーー支配をしやすくもあったのでしょう。  希望者を募っていた期間はほんのひと時、誰もが拒むと知るや否や「狩り」は予告なく始まりました。 「スマホは置いていけ! すぐに場所を特定される!」  佐々木に言われ、スマホどころか他の荷物もすべて放り捨てて食料だけ持ち、僕たちは逃げ出しました。  翌日にこの学校にも「迎え」が来るという噂があったためです。  寮内はひどい混乱に陥る者が多くいました。  諦めてただ部屋に閉じ籠る者、逃げようとする者、応戦しようとバリケードを作る者、恐怖に茫然となり動けなくなる者など、様々です。  あちこちから聞こえてくる啜り泣きや嘆きの声。けれど構っている余裕は僕らにもありませんでした。  ともに逃げる相手として僕を選んでくれた佐々木に背を押され、震える足を叱咤しありったけの勇気をふり絞り、寮から逃げ出しました。  教員たちもみな、きっと見ない振りをしてくれいたのでしょう。僕らを見逃すことによってどんな咎めを彼らは受けてしまうのか、そればかりが気がかりで後ろを振りかえると、「振り返るな!」と佐々木の怒鳴り声が飛んできました。 「これから先は自分のことだけ考えろ。無事に逃げきることだけ考えるんだ」  そう言われ、僕は返しました。 「余裕があれば佐々木のことも考えていいだろうか」  ともに逃げ出してきた仲です。相手の無事も自分の責任として抱えたいと考えたのです。 「そうしたいならそうすればいい」  精神的にも体力的にも成熟している佐々木は、初めから僕を助けることを念頭に置いて行動してくれていました。けれど僕は僕ばかりが相手を頼りにするようなのは、嫌でした。 「迎え」が来るのは翌朝、という話だったはずなのに、それは深夜のうちに行われたようでした。  闇の深い山の林から見えるあの寮から、非常時のような鋭く赤い光が何度も明滅しているのが見えました。遠く離れた場所のはずなのに怒号までもが聞こえてきたのは、「迎え」に来た人たちが拡声器やマイクなどを使っていたためでしょう。  それらが僕らの級友の声を拾うのです。嘆く声も喚く声も、許しを請う声も、すべてごちゃまぜにした声が聞こえてくるのでした。 「行くぞ」  声を振り切り、佐々木は僕を促しました。  今日は夜通し歩く、という言葉に従って、夜の中、僕はひたすらに佐々木の背を追って歩き続けました。
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